“変態詩人”クローネンバーグの集大成『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』
#映画 #インタビュー #パンドラ映画館
抑制された美学に貫かれた映像世界
クローネンバーグ監督がこれまで撮ってきた商業映画は、『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』も含めて21本。ホラー映画、文芸作品、犯罪ミステリーなど多彩なジャンルの作品を残しているが、どれも普通じゃない作品ばかりだ。渡邉氏にその魅力を語ってもらった。
渡邉「人体破壊シーンが多いことからグロテスクな印象を持たれがちなクローネンバーグ監督ですが、とても上品に撮っています。原作付きの『裸のランチ』(91)や『クラッシュ』は、ウィリアム・バロウズやJ・G・バラードが書いた原作小説のほうがえげつないんです。クローネンバーグ監督は内容をオミットすることなく、うまく映像化しています。観終わった後に、嫌な気分にさせません。抑制された美学を感じさせます」
カナダのトロント生まれのクローネンバーグ監督は、ハリウッドのフィルムメーカーたちとはどこか異なるものを感じさせる。
渡邉「クローネンバーグ監督はカナダ人であることを誇りにしています。ハリウッドからオファーされたSF大作『トータルリコール』の企画は流れてしまいましたが、その直後にやはりハリウッドからオファーされた『ザ・フライ』(86)はカナダで撮影しています。『エム・バタフライ』(93)ではフランス、ハンガリー、中国でもロケして、そのあたりからロケ地にこだわらず自由になっていったようです。
また、郷土愛が強いだけでなく、家庭もすごく大事にしています。最初の結婚に失敗し、離婚問題をモチーフにした『ザ・ブルード/怒りのメタファー』(79)なんてホラー映画も撮っていますが、2番目の夫人とは仲良く、2017年に夫人が亡くなるまで添い遂げています。長男のブランドン・クローネンバーグは監督になってホラー映画『ポゼッサー』(20)を撮るなど、3人いる子どもたちもそれぞれ映画界で活躍しています。クローネンバーグ監督はすでに最新作『The Shrouds』の撮影を済ませており、こちらは妻を亡くした男を主人公にした、泣ける物語のようです。集大成的な作品となった『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』と自伝色の強い『The Shrouds』は、クローネンバーグファンなら見逃すわけにはいきません」
進化の過程では、役に立たない事象も起きうる
クローネンバーグ監督は、商業デビュー前に上映時間63分の中編映画『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪学の確立』(70)を撮っている。今回の『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』と同じ原題(Crimes of the Future)となるが、ストーリーはまったく違う。
渡邉「ノーベル文学賞作家のクヌート・ハムスンの小説『飢え』に出てくる、架空の論文のタイトルからの引用なんです。クローネンバーグ監督は映画化された『飢え』を観ており、よほど印象に残る言葉だったんでしょうね。クローネンバーグは、人間が怪物に変化する瞬間や人間の中に潜む怪物的なものを描いてきた監督です。今回は人間の進化がテーマになっていますが、進化そのものには基本的に目的はなく、役に立たない事象も起こりうるわけです。そうしたところを描いているのが、すごくクローネンバーグらしいなぁと感じますね」
見せ場となる公開手術シーンだが、グロテスクになりすぎていない点も特記される。
渡邉「手術をすれば大量の血が流れるはずですが、クローネンバーグ監督は血を流すと観客の注意が削がれてしまうので、手術シーンはほとんど血を見せずに描いています。クローネンバーグ流の美意識でしょうね。これまで撮ってきた作品とつながっている点も、面白いと思います。双子の外科医を主人公にした『戦慄の絆』(88)に『美人コンテストがあるなら、体内の美人コンテストがあってもいい』という台詞があるんですが、今回はちゃんと『内なる美コンテスト』が開催されているんです(笑)」
カーマニア、スピード狂で知られるクローネンバーグ監督は、劇中の主人公が車やバイクに乗るシーンをたびたび描いてきたが、今回はそれがないのも印象的だと渡邉氏は指摘する。
渡邉「クローネンバーグ作品には、かっこいい車、バイク、ヨットなどの乗り物がよく登場するんですが、今回はそれがないんです。代わりに登場するのが、冒頭で描かれる座礁した巨大な船です。もうひとつ印象に残るのが、主人公のソールが食事を摂る椅子。すごく奇妙なデザインの椅子に座ったソールは、異常な速度で進化を遂げるという“スピード違反”を犯すことになります。今回は椅子やベッド、手術台が乗り物の代わりになっているようです。場所や時代設定が分からないように描いている点もユニークです。公開手術のシーンでは、観客たちは旧式のビデオカメラや超小型カメラなど不思議な撮影機器で手術の様子を記録しています。細部までこだわって作られているので、ぜひ大きなスクリーンで楽しんでほしいですね」
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