カルト教団が題材のアニメ『オオカミの家』、アリ・アスター製作総指揮『骨』と同時併映
#映画 #インタビュー #パンドラ映画館
ナチスドイツと南米のつながり
チリで暮らす人たちにとって、ドイツから来たパウル・シェーファーが設立した「コロニア・ディグニダ」はどんな存在なのだろうか。
新谷「『オオカミの家』の冒頭に実写パートがあり、この冒頭部分を見れば、チリの人はコロニア・ディグニダのことだとすぐに分かるのではないでしょうか。
パウル・シェーファーはピノチェト政権と親しかったことで、1990年代まで悪行の数々は裁かれませんでした。ピノチェトが完全失脚した2000年代以降、世論の高まりとともに、コロニア内部で繰り返された非道な行為に司法の手が及んでいきます。シェーファーは逃亡先のアルゼンチンで2005年に逮捕され、2010年に刑務所病院にて88歳で亡くなっています。
チリでは近年、コロニア・ディグニダに関する映画、ドキュメンタリー、ルポルタージュなどが次々と発表されています。チリの監督マティアス・ロハス・バレンシアが撮った『コロニアの子供たち』(22)も、その一本です。コロニア・ディグニダは『ビジャ・バビエラ』と名前を変えて今も存続しており、そこで暮らす人たちを追ったドキュメンタリー『Songs of Repression』(20)もあります。かつてはチリ国内にあった別世界、国家内国家としてタブー扱いされてきたコロニアですが、現代のチリの人たちにとっては過去の出来事ではなく、国家権力と結び付いた根が深い問題として認識されています」
チリの国土は南北に4300kmと細長く続き、南部はドイツと気候が似ている。そのため、ドイツからの移植者が多いそうだ。
新谷「パウル・シェーファーはかつてヒトラーユーゲントだったとか、いろんな説が流れていますが、戦後の西ドイツでカルト教団を設立したものの児童虐待が発覚し、チリへ逃げてきたというのは本当です。チリ南部に行くと、今でもドイツふうの建物が多く見られ、ドイツ文化が根付いていることが感じられます。ナチスドイツ時代に暗躍した“殺人医師”ヨーゼフ・メンゲレも一時期、コロニアに匿われていたと言われているようですね。コロニアには反ピノチェト派が強制的に送り込まれ、ナチス式の拷問が行なわれていました。元ナチス幹部のアドルフ・アイヒマンは隣国のアルゼンチンに潜伏していたことも有名です。
チリの有名な作家ロベルト・ボラーニョの代表作に『アメリカ大陸のナチ文学』があり、架空の右翼的作家たちの生涯を追った虚構の評論集という形になっています。この作品にはコロニアをモデルにした箇所もあり、レオン&コシーニャはボラーニョからの影響も受けていると語っています。ドイツと南米には意外な接点があるんです」
アリ・アスター製作総指揮『骨』の政治的背景
新世代のホラーマスターことアリ・アスター監督は、新作映画『Beau Is Afraid』(原題)のアニメパートをレオン&コシーニャに依頼したのに加え、自らが製作総指揮を務め、短編アニメ『骨』(原題『Los Huesos』)も手掛けている。
2023年、美術館を建設する際に一本の古いアニメーションフィルムが発見された、という設定で『骨』は始まる。レオン&コシーニャがこのフィルムを復元したところ、ひとりの少女が2体の人骨を使って、死者を甦らせる儀式を行なっている様子を描いたアニメーションらしいことが分かる。少女が甦らせようとしているのは、ディエゴ・ポルタレスとハイメ・グスマンという政治家だった――。
より不可解なこちらの作品も、新谷氏に解説してもらおう。
新谷「チリの歴史に疎い日本人が『骨』を観ると、ただ不気味な儀式の様子を描いたアニメーションにしか見えないかもしれません。少女のモデルは、コンスタンサ・ノルデンフリーツという実在した女性。彼女が甦らせようとしているディエゴ・ポルタレスは、チリ建国時代の政治家です。1833年にチリの最初の憲法を制定したことで知られている歴史上の人物で、コンスタンサとは恋愛関係にありました。もうひとりのハイメ・グスマンは、ピノチェト政権の中心人物で、現在のチリ憲法の起草者です。ポルタレスとグスマンは保守系の政治家です。
2019年にチリで大規模なデモ行進がありましたが、レオンたちもこのデモに参加したそうです。デモの結果、左派の現政権が誕生し、先住民の権利を認め、ジェンダー平等などを盛り込んだ進歩的な新憲法案が発表されました。『骨』が製作されたのはこの時期で、社会意識の強いレオン&コシーニャは同時代のチリの政局や憲法をめぐる世相を、アニメーションならではのフィクション性によって表現しているようです。しかし、新憲法案は国民の支持が得られず、今のチリは政治的に迷走している状況です。チリ建国時代のナショナリズムやピノチェト政権時代を懐かしむ人たちはいまだかなりの数いますが、そうした現在の状況を揶揄するような、ひねりの効いた作品だとも言えるでしょうね」
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事