人類史上最もおぞましい再現ドラマ 悪の凡庸さ『ヒトラーのための虐殺会議』
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「千年王国」を夢見たハイドリヒたちのその後
ヒトラー不在の会議で、15人の高官たちはヒトラーが求めていた答えを導き出すことになる。会議に要した時間は、わずか90分だった。「ヒトラー総統なら、どう考えるだろうか?」という権力者への忖度が、この会議を動かしていた。人間が持つ想像力が、とてつもなく邪悪な事態を招くことになる。会議の参加者たちは、ヒトラーの代用品と化してしまっていた。人間としての感情を持たない人工知能と同じだった。
テレビ映画『謀議』と同様に、内務省次官のヴィルヘルム・シュトゥッカート(ゴーデハート・ギーズ)が官僚サイドとして最後まで抵抗を試みるが、それはユダヤ人の命を守るためではなかった。ドイツ人とユダヤ人とを区別する「ニュルンベルク法」の起草者として、シュトゥッカート自身のプライドを守るために過ぎなかった。反論はした、というポーズにしか映らない。
他の高官たちも同じだ。今ある自分の立場を守ることができればよかった。自分と家族に与えられた権利を享受できれば問題はなかった。かくしてアイヒマンが提案した「ユダヤ人問題の最終的解決」案に、会議出席者全員が賛同することになる。
その結果、600万人ものユダヤ人、さらに障害者や同性愛者たち、ロマたちも「特別処理」されることになった。そして会議から3年後には、「千年王国」と謳われたドイツ第三帝国も崩壊する。
会議参加者たちのその後だが、議長を務めたハイドリヒは占領下のチェコで爆破テロに遭い、会議の4カ月後に亡くなっている。ハイドリヒ亡き後、ホロコーストを実行に移したアイヒマンは戦後は南米に逃れていたが、モサド(イスラエル諜報特務庁)に拘束され、1962年に処刑された。それぞれ、『ハイドリヒを撃て! 「ナチの野獣」暗殺計画』(16)や『アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち』(15)などの劇映画で詳しく描かれている。
もうひとり、会議で抵抗を試みた官僚のシュトゥッカートだが、彼は1953年に交通事故で亡くなっている。「ニュルンベルク法」の起草者だったことからモサドに狙われ、事故に見せかけて暗殺されたと囁かれている。
米国に亡命していたドイツ出身の哲学者ハンナ ・アーレントは、裁判で無罪を主張するアイヒマンのことを「悪の凡庸さ」と評した。上司に気に入られたい、波風は立てたくない、会議を滞りなく終わらせたい……。そんな平凡な小市民的な考えが、人類史上最も恐ろしい会議を成立させてしまった。
ハイドリヒたちが夢見た「千年王国」は実にあっけなく崩壊した。だが、「ヴァンゼー会議」に参加した彼らの名前は、おそらく1000年後まで語り継がれることになるだろう。
『ヒトラーのための虐殺会議』
監督/マッティ・ゲショネック
出演/フィリップ・ホフマイヤー、ヨハネス・アルマイヤー、マキシミリアン・ブリュックナー
配給/クロックワークス 1月20日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
©2021 Constantin Television GmbH, ZDF
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