香川照之14年ぶりの主演作『宮松と山下』 多面体俳優が素顔に戻る瞬間
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主人公の内側から生々しいものがうごめき出す瞬間
本作を企画し、香川照之に出演をオファーしたのは、3人からなる監督集団「5月」。NHK Eテレの幼児番組『ピタゴラスイッチ』の監修で知られる東京藝術大学名誉教授の佐藤雅彦、NHKのドラマを演出してきた関友太郎、メディアデザインを手掛ける平瀬謙太朗だ。
3人が共同演出した『宮松と山下』は淡々と物語が進む。よく注意して観ていないと、どこまでが宮松が出演している映画やドラマの世界なのか、それとも山下が失踪を遂げた現実の世界なのか分からなくなってしまう。もしかすると、宮松自身もフィクションと現実との境界がよく分かっていないのかもしれない。現実の世界よりも、ドラマの世界にリアリティーを感じている節がある。
香川照之と3人の監督たちが、どこまでが現実でどこからがフィクションなのか、せめぎ合いながら線引きしているかのようでもある。
最大の見どころは、物語終盤に訪れる。妹の藍と再会しても、山下としての記憶がなかなか戻らない宮松だったが、藍から「お兄ちゃんは、いつもショートホープを吸っていた」と言われ、試しに煙草屋でショートホープを買ってみる。
実家の縁側に腰掛けて、ショートホープの煙をくゆらせる宮松。その背中を映し出していたカメラは、彼の内側から何か生々しいものがうごめき出す一瞬を捉える。それは単に失なわれていた過去の記憶だけではなく、もっと奥深くに眠っていた暗く、重く、ドロっとしたものが、彼の内側で目覚めた瞬間でもある。煙草の煙と共に、「宮松」と名乗っていた男が「山下」へと表情が変わる。凝視してはいけないものを見てしまったような、ゾッとする場面となっている。
演技をするのは、何もプロの俳優だけではない。職場の上司や取り引き先と交渉する際や恋人と過ごすときも、普段の自分とは異なるキャラクターを演じることがあるのではないだろうか。その場の状況によって、また接する相手によって、人間は異なる顔を見せるものだ。
ただ、本来の自分と演じている自分とがあまりにかけ離れすぎ、アンバランスな状態が続くと、自己崩壊することにもなりかねない。背負っているものや慣れない仮面をリセットする場所や時間は、プロの俳優に限らずとも、誰もが必要としている。
エキストラ俳優の宮松は、劇中で何度も何度も殺されるが、「カット!」の声が掛かるとその度にリセットされ、また別の作品で違う役として生き返ることになる。死体役や通行人役であっても、宮松は嬉々として新しい役を受け入れていく。人気俳優としてのキャリアを一度リセットされた状態にある香川照之にとっては、ベストな作品の公開ではないだろうか。
『宮松と山下』
監督・脚本・編集/関友太郎、平瀬謙太朗、佐藤雅彦
出演/香川照之、津田寛治、尾美としのり、中越典子、野波麻帆、大鶴義丹、尾上寛之、諏訪太朗、黒田大輔
配給/ビターズ・エンド 11月18日(金)より新宿武蔵野館、渋谷シネクイント、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
©2022『宮松と山下』製作委員会
bitters.co.jp/miyamatsu_yamashita
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