社会への絶望感が自動小銃の引き金を引かせた…豪州で起きた無差別殺人描く『ニトラム』
#映画 #パンドラ映画館
模倣され、次々と連鎖する暴力衝動
カーゼル監督によると、サーファーは豪州社会における「男の象徴」であり、理想像でもあるそうだ。大自然と一体化するサーフィンに憧れ、サーファーと友達になりたかったマーティンは、「理想の男」に近づこうとして、その理想に拒絶されたことになる。夢や理想は人に生きる希望を与えるが、過度に執着すると絶望に転じることにもなりかねない。
ポートアーサー事件の3年後となる1999年、米国では、ガス・ヴァン・サント監督が映画『エレファント』(03)にしたことでも知られる「コロンバイン高校銃乱射事件」が起きている。また、本作の劇中には、マーティンが凶行に走るきっかけになった、1996年3月に英国スコットランドで起きた銃乱射事件がTVニュースで流れる。スコットランドの小さな町・ダンブレーンの小学校で、児童16人と教師1人が射殺された事件だ。32人の犠牲者を出した、2007年の「バージニア工科大学銃乱射事件」の犯人は、コロンバイン事件に触発されたと見られている。凶悪犯罪は模倣され、連鎖するという恐怖がある。
大量殺人を起こした単独犯の多くは事件直後に自決するか、警察によって射殺されることから、大量殺人は「拡大自殺」とも呼ばれている。社会から拒絶されたと思い込んだ犯人は、無関係な人たちを巻き込んで自死を遂げようとする。だが、マーティンは事件翌日に逮捕され、死刑制度のない豪州では仮釈放なしの終身刑となり、今も刑務所内で生きている。社会を憎み、拡大自殺をはかったマーティンだが、自死には至らず、憎んでいた社会によって生かされ続けている。
映画を観た観客がカタルシスを感じないよう、カーゼル監督はマーティンによる犯行シーンを直接的には描かず、彼が凶行に至るまでの経緯を克明に映画化している。正しい判断だろう。2008年の「秋葉原無差別殺傷事件」、2016年の「相模原障害者施設殺傷事件」、2019年の「京都アニメーション放火事件」など、日本でも大量殺人が相次いでいる。カーゼル監督が描いた悲劇を、「銃社会で起きた出来事」と軽視することはできない。
『ニトラム』
監督/ジャスティン・カーゼル 脚本/ショーン・グラント
出演/ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、エッシー・デイヴィス、ジュディ・デイヴィス、アンソニー・ラパリア
配給/セテラ・インターナショナル 3月25日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷&有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国ロードショー
©2021 Good Thing Productions Pty Ltd, Filmfest Limited
cetera.co.jp/nitram
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