社会への絶望感が自動小銃の引き金を引かせた…豪州で起きた無差別殺人描く『ニトラム』
#映画 #パンドラ映画館
大ヒット映画『ジョーカー』によく似た主人公像
本作を観て、ホアキン・フェニックスが主演した大ヒット映画『ジョーカー』(19)を連想する人も多いのではないだろうか。心優しい主人公はメンタルの問題を抱え、社会的に孤立した状況に置かれている。家族が唯一の心の拠り所だが、同時に疎ましい存在でもある。ジョーカーはコメディアンになるという夢を持っていたが、その夢が破れ、犯罪王へと変貌した。
マーティンもサーファーへの憧れを抱いていたが、その夢を叶えることはできなかった。さらにヘレンや父親を失い、孤独感に襲われる。恋人や家族を失った絶望感、自分を疎外してきた社会への復讐心に駆り立てられ、マーティンは自動小銃の引き金を引くことになる。
ジョーカー役を熱演したホアキン・フェニックスは高い評価を受けたが、若手俳優のケイレブ・ランドリー・ジョーンズのマーティン役へのなりきりぶりにも目を奪われる。マーティンは子どもがそのまま大きくなったようなキャラクターだ。感情に任せて短絡的に行動する問題児で、そこには善悪の分別がない。恋人や父親というストッパーがいなくなったことで、マーティンの暴走は止まらなくなってしまう。
タイトルの「ニトラム/NITRAM」とは、マーティン/MARTINを逆さ読みしたもの。マーティンは学校で「ニトラム」と呼ばれ、ずっとからかわれてきた。大きくなっても「ニトラム」と呼ばれることを、ひどく嫌がる。自分をバカにする世間が許せない。父親のビジネスを邪魔したヤツも痛い目に遭わせてやる。マーティンの怒りが爆発する。
感情を制御できないマーティンに自動小銃やショットガンをあっさり売ってしまう銃砲店の店主も、どうかしている。大金を持ち歩くマーティンを怪しむことなく、上客扱いし、大量の銃弾までサービスしてしまう。
ポートアーサー事件後、豪州では大規模な銃規制運動が起き、大量の銃器類が廃棄処分となった。だが、事件から四半世紀が過ぎ、今では事件当時を上回る銃器類が豪州に出回る状況となっている。マーティンだけがおかしいのではない。彼が暮らす社会そのものもおかしいのだ。
本作を撮ったジャスティン・カーゼル監督は豪州出身、事件が起きたタスマニア島で暮らしている。ヘレン役を演じたエッシー・デイヴィスは、カーゼル監督の奥さんだ。ハリウッド映画『アサシン クリード』(16)などの大作も撮っているカーゼル監督だが、デビュー作『スノータウン』(11)やラッセル・クロウらが出演した前作『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』(19)など、豪州に実在した凶悪犯たちの生い立ちを描いた実録映画がより強い印象を与える。
おおらかで、陽気なイメージのあるオーストラリア人の心の暗部を、カーゼル監督は繰り返し描いている。
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事