小室哲哉とR&B〈2〉「R&Bプロデューサー」としてのTKサウンドの頂点とは
#小室哲哉 #TOMC
J-POP史に残る、ふたりの「R&Bプロデューサー」の邂逅
1998年7月にジャン・ミッシェル・ジャールとの大規模コンサート『RENDEZ-VOUS ’98 ELECTRONIC NIGHT』を終えた時期の小室は、ティンバランドやR.ケリーのプロデュースワークに惹かれていたという。中でもティンバランドについては「やりたいものにすごく近い気がした」「(彼のサウンドには)R&B界で脈々と受け継がれてきた血のようなもの」を感じたと語っており、「ビートルズやストーンズがブルースに憧れたのと同じような意味で、自分の中にもモータウンに代表されるR&Bがルーツにあると思ったとき、それを今の時代に形にしたらどうなるのか、突然すごく創作意欲を掻き立てられた」という。この小室特集の第1回では小室の生音のソウル/ファンクというルーツについて触れたが、98年の夏を境に、彼はこの点に極めて自覚的になっていったのだ。
小室は制作の地を、”小室ブーム”期の拠点であったロサンゼルスからニューヨークに移してまで、自身が目指すR&B作品の制作に没頭していく。そうして誕生した、「R&Bプロデューサー」としてのTKサウンドのひとつの頂点にあたるプロジェクトが、TRUE KiSS DESTiNATiON(1999年11月よりKiss Destination)である。
dosのダンス・コーラス担当であったasami(吉田麻美)と小室の二人によるこのユニットにおいて、彼はキックとスネア、ヴォーカルに徹底的にこだわったという。さらには、リズムについて「スウィングしてないと、もう生理的にダメ」「ハネないと手が気持ち悪い」とまで語っており、身体的なグルーヴ感覚までもがR&B~ヒップホップに最適化されていったことがうかがえるのが面白い。ファーストシングルとなったスリー・ディグリーズ「When Will I See You Again(天使のささやき)」(‘74)のカバーについて、彼は「『実は自分が作りました』と言っても嘘に思われるかもしれないくらい、今までとは違う自信があった」という発言を残している。実際、音数を大幅に絞り込み、こだわり抜いたキックとスネアを存分に目立たせ、それでいてコード感の強いキーボードは極力弾いていない――という造りは、彼のネクストレベルを感じさせる仕上がりだ。
注目すべき点は他にもある。ひとつはこのシングルが、彼がニューヨークで立ち上げたインディーズ・レーベル「TRUE KiSS DiSC」からリリースされたうえ、日本では当時クラブ・ミュージックのメッカとなっていたレコードショップ「CISCO」限定で、しかも小室の名前を伏せた形でリリースされたことだ。「小室プロデュースだから売れる」という”ブランド”、そしてそれと背中合わせである「TKサウンドだから聴かない」という”偏見”の双方に挑戦したこの事実を知るリスナーは、現在はおろか、当時ですらさほど多くなかったかもしれない。今こそ、改めて評価されるべきポイントだと感じる。
もうひとつは、インディーズ・リリース時に関係者向けに流通したプロモ盤のライナーノーツに、現在もっとも有名な日本のR&Bプロデューサーのひとり、松尾潔が寄稿していることだ。彼がブレーンあるいは制作面で関わったアーティスト――SPEED、MISIA、宇多田ヒカル、CHEMISTRY、平井堅、EXILE――を見ればお分かりの通り、1990年代後半以降の日本人がイメージする「R&B」は彼によって完成されたと断言できる。その松尾が、1996年以降の日本にヒップホップ・ソウル的なサウンドを浸透させてきた小室の冒険作を耳にし、それまでの日本のプロデューサーと比べて段違いの音の良さに惹かれ、小室と2時間超に及ぶ対話を行なったという。「工程化されたノウハウを持つ天下のヒットメイカー」であるにもかかわらず、自身の作家性に駆り立てられ創作を行う小室の姿勢は、当時さまざまな成功を収めつつあった松尾にも大いにポジティヴな印象を与えたに違いない。
90年代末に訪れる日本のR&Bブームの土壌(特に女性シンガーたちによる”ディーヴァ・ブーム”)を密かに耕した小室と、現在の「日本のR&B」を完成させたと言える松尾が、小室の「R&Bプロデューサー」としての頂点であるプロジェクトを通じて、人知れず交わっていたのだ。日本のR&B史上、ひいてはJ-POP史上に残る重要な瞬間として、小室のひたむきな音楽愛の結晶のようなアルバム『GRAVITY』(’99)とともに、末永く語り継がれていくことを願いたい。
次回(「小室哲哉とR&B」編 最終回予定)は、小室が密かに注目していた渋谷系周辺の音楽家や同時代のイギリスのサウンドに光を当て、彼の「隠れた名曲」たちの音楽的魅力を解き明かしていく予定だ。
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本稿における小室哲哉/TM NETWORKのレアな制作エピソードは、藤井徹貫氏の『TMN 最後の嘘』(ソニー・マガジンズ)を参考にさせていただいた。
本稿で紹介した楽曲を中心に、「R&BプロデューサーとしてのTKサウンド」の理解の手助けになりそうな楽曲をまとめたプレイリストをSpotifyに作成したので、ぜひご活用いただきたい。
B’z、DEEN、ZARD、Mr.Children、宇多田ヒカルなど……本連載の過去記事はコチラからどうぞ
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