小室哲哉とR&B〈1〉デビュー前夜~TRFまで受け継がれたソウルの遺伝子
#小室哲哉 #TOMC
ビート&アンビエント・プロデューサー/プレイリスターのTOMCさんが音楽家ならではの観点から、アーティストの知られざる魅力を読み解き、名作を深堀りしていく本連載〈ALT View〉。今回は、小室哲哉について、ある側面から掘り下げていきます。
小室哲哉は本当に宇多田ヒカルに“負けた”のか?
小室哲哉は、宇多田ヒカルの登場に大きな衝撃を受けたという。これは彼自身がテレビやインタビューなどの場で語っているものであり、ウェブ記事やSNSでの拡散を通じ、今では多くのJ-POPファンの知るところとなっている。
ただし、彼が宇多田を賞賛する際のコメントを仔細に追っていくと、そこにはひとつの共通点がある。「Automatic」のフレーズに代表される作詞のセンス、MVで見せる独特の仕草、ネイティヴな英語を用いた歌唱、戦後芸能界を彩った藤圭子の血を引く独特のスター性・カリスマ性、プロデューサー主導でない「個」の時代の始まり――どの露出の場でも、彼はこうしたトピックを挙げて宇多田を讃えているが、そこにサウンド面への評価は登場しないのだ。
というのも、小室は1990年代中期以降から、同時代のUS/UKのR&Bやヒップホップを意識したプロデュースを多数行なっている。安室奈美恵やdos、H.A.N.D.、TRUE KiSS DESTiNATiON(Kiss Destination)は言うに及ばず、1999年3月には宇多田の勢いに対抗するように、当時の彼の旗艦ユニットと言えるglobeのシングルとして、極めてR&B色が強い「MISS YOUR BODY」をリリースしている。ミキシングは、トニー・トニー・トニー「Feels Good」などを手がけたベテランのケン・ケッシー(Ken Kessie)を起用。音数を絞ったソリッドなトラックメイクは、同時代のトッププロデューサーの一人、ダークチャイルドがまさに2000年に向けて進化していった時期の作風を彷彿させる。ことトラックに注目すれば、「Automatic」よりも遥かに当時のアメリカのR&Bの流行に近いと言っていいだろう。
もっとも、この「MISS YOUR BODY」では、globeの従来の強みであるKEIKOの特徴的な高音域の歌唱、そしてそれが活きる派手で伸びやかなメロディラインは一切登場しない。本曲およびR&B色の強い新曲群を多数フィーチャーした“ベストアルバム兼オリジナルアルバム”である『CRUISE RECORD 1995-2000』(‘99)はオリコン調べで276万枚超のヒットを記録するものの、周囲が期待した宇多田『First Love』以上の売り上げ(当時600万枚以上)はもちろん、B’zやGLAYらの成功に沸く当時の“ベストアルバムブーム”の中では目立った数字とはならなかったこともあってか、globeはトランス路線へと更なる大転換を果たしていく。
この後、2002年にかけて、安室奈美恵の小室プロデュースからの離脱、Kiss Destinationの自然消滅など、小室はR&B方面の表現から急速に手を引いていくことになる。彼が1984にTM NETWORKとしてキャリアをスタートさせて以来、その折々でR&B/ソウル/ファンク方面への適性を見せてきたことを思うと、彼がこうしたジャンルの作品をほとんど制作していない現状は個人的には非常に残念だと感じる。
本稿では、彼のキャリアの中で埋もれかけているそうした側面に光を当て、星の数ほど存在する小室哲哉ワークスの新しい楽しみ方を提案していきたい。
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