『青天を衝け』 “コレラ禍”に強行されたグラント将軍“おもてなし”の裏側
#青天を衝け #渋沢栄一 #大河ドラマ勝手に放送講義
グラント夫妻をもてなした飛鳥山の邸宅で千代は…
余談ですが、愛煙家で葉巻にまつわる逸話が多いはずのグラントがドラマの中でまったく喫煙しないのには少々、驚きました。昨今の日本の放送界におけるコンプライアンスの徹底ぶりがうかがえ、興味深く感じたものです。
グラント将軍は、アメリカでは「南北戦争」の英雄として広く知られ、リンカーン大統領率いる北軍勝利を決定づける働きを見せました。当時すでに登場していた紙タバコではなく、葉巻を手に戦場に姿を現したグラントに人気が集まります。しかし、これは自分を“キャラ立ち”させるための行いでもなんでもなく、もともと酒は飲むが、喫煙は嗜む程度だったグラントが、南北戦争中にストレスを募らせ、1日20本もの葉巻を吸うようになった結果に過ぎませんでした。
戦後、リンカーンは恩人であるグラントに大量の葉巻をプレゼントしました。それを知ったグラントの支持者も次々と葉巻を彼に贈り続け、蓄えられたストックはなんと1万箱を超えてしまったのだとか。律儀なグラントは、人々の好意を無にしたくないという理由で戦後も減煙できず、大量の葉巻を消費しつづける生活を送った末、それが原因と見られる咽頭がんで亡くなりました(Drexel University College of MedicineのAllan B. Schwartz教授の見解)。深刻な身体症状が出始めたのは、アメリカに帰国した1881年(明治14年)頃からだそうですが、日本訪問中にはすでに体調はよろしくなかったのではないか、と思われます。
ジュリア夫人は煙草ぎらいで、夫の喫煙癖も嫌がっていました。当時、イギリス女王だったヴィクトリアも夫のアルバートの葉巻愛好に苦い顔をしていましたが、止めさせることはできていません。このように欧米にはすでに嫌煙家が存在していましたが、一方で同時代の日本では、男性はもちろん、最上流階級の女性でさえ、喫煙こそ「婦徳(女性としての品行正しい行い)の高さ」を示す良い趣味だと認められていました。これは江戸時代以来の伝統で、女性が長い煙管(キセル)を使って、優雅に煙草を吸っている仕草は美しいから、という理由です。明治天皇の皇后(=美子皇后、のちの昭憲皇太后)も、かなりのヘビースモーカーだったことで知られていますね。グラントにとって、日本滞在は煙草を吸いやすい環境という点において、最高と言えたかもしれません。
グラント夫妻のおもてなしに話を戻すと、渋沢家が総出で接待していた飛鳥山(現在の東京都・北区)の邸宅は、当時は東京郊外の別荘という扱いでした。とはいえ、約8500坪もの敷地を誇る豪華なお屋敷だったわけですが、まさにグラント夫妻を歓待したこの思い出の地で、千代はコレラに感染し、命を落としてしまいます。
前回の放送のラスト、白い光に包まれながらコレラに関する新聞記事に目を通す千代の美しくも不安げな横顔がなにか不吉な前兆を感じさせる演出でしたが、グラント夫妻が日本を去って3年後の明治15年(1882年)7月7日、東京でも流行り始めたコレラを恐ろしがった千代は、結婚したばかりの長女・歌子夫妻とともに、飛鳥山の別荘にて静養生活を送ることにします。ところが13日早朝、あれだけ予防に熱心だった千代だけがコレラを発症したのでした。
家族に感染させることを恐れた千代の強い意思で、歌子や栄一などの家族も障子越しの面会しか許されませんでした。そして、翌14日には急逝するという無念の死を彼女は迎えています。最後まで気丈な千代に対し、栄一や歌子は涙を隠すことができず、特にこの時の栄一の落ち込み方は、長い間、歌子の脳裏をよぎる悲しい記憶となりました。
遺体となった千代に対面を許された歌子は、大きなショックを受けますが、「白蝋のような(千代の)お顔が、最後にお棺を閉ずる時には、安らかに神々しく見上げられたのがせめてもの慰めであった」(歌子の手記『ははその落葉』)と記しています。千代の遺体は伝染病での死者だったがゆえに、葬儀も満足に行えないまま、ありあわせの白無垢を着せられ、火葬となったそうです。
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