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『青天を衝け』 “コレラ禍”に強行されたグラント将軍“おもてなし”の裏側

──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ

『青天を衝け』 “コレラ禍”に強行されたグラント将軍“おもてなし”の裏側の画像1
ドラマ公式Twitterより

 先週の『青天を衝け』第35回「栄一、もてなす」では、はじけるような笑顔の千代(橋本愛さん)の存在感が光りました。明治12年(1879年)、2期務めたアメリカ大統領(第18代)の職を辞し、世界旅行に出かけたユリシーズ・シンプソン・グラントとその妻のジュリアは日本に立ち寄りました。明治新政府は彼らを国賓として迎えることになりましたが、グラント夫妻を“おもてなし”した中には、渋沢やその妻・千代もいたのです。

 夫妻が初めて日本の地に降り立ったのは、長崎でした。各地を訪問しながら東京を目指す予定でしたが、愛媛でコレラが大流行していたので四国への訪問は取りやめられています。

 明治期の日本は、コレラ感染の恐怖とともにあったと言っても過言ではありません。きっかけとなったのは、ペリーの二度目の来航時のことです。船員の中にコレラ感染者がおり、瞬く間に日本全土がコレラ禍に巻き込まれたのでした。それ以来、何年かおきに日本中でコレラの流行は繰り返されるようになっていたのです。

 コレラの何度目かの感染拡大が、グラント夫妻の来日歓迎行事の時期に運悪くかぶってしまっていたのは、渋沢はじめ関係者には非常に頭の痛い話でした。グラント夫妻は6月から9月にかけて日本に滞在しましたが、8月25日には東京の上野公園で盛大な歓迎式典が予定されており、明治天皇も臨席する中でグラント夫妻が植樹などを行うといったプログラムが準備されていたのです。

 しかし、疫病流行中に式典で多くの人を集めるのはけしからん、もしグラント夫妻や天皇陛下が感染したらどうするのだ……という“お叱りの声”が渋沢のもとに殺到しました。この時の渋沢の様子について、渋沢秀雄『父 渋沢栄一』(実業之日本社)は「(かつては)どんな困難にもショゲた様子を見せたことのない栄一も、このときは御臨幸ノイローゼに取りつかれた」と伝えています。

 渋沢は東京府知事の楠本正隆に相談しますが、楠本の発言を要約すると“イベントをするだけだから大丈夫だろう”という、現在の感覚では無謀ともいえる励ましを受け、勇気を得た渋沢によって式典行事の大半は予定通りに敢行されました。幸いなことに明治天皇やグラント夫妻も無事でした。

 まるで東京五輪の開催をめぐる現代の日本を思わせる話です。このあたりの事情がドラマで掘り下げられることはなかったのですが、『青天を衝け』という作品について「期せずして、今の時代に合うドラマになるのではないか」と、脚本の大森美香さんが放送開始前にコメントしていたことが思い出されてなりません。

 この歓迎式典の記録として、今も上野公園内にはグラント夫妻が植樹したヒノキとタイサンボク(=マグノリア)の姿が見られます。しかし、グーグルマップで見る限り、ジュリア夫人が手植えしたタイサンボクは今でも元気そうなのに、グラントが植えたヒノキは衰えが激しく、ひょっとすると枯れてしまう危険もありそうですね。

 しかしなぜ、前大統領(当時)にすぎないグラント夫妻を日本側はここまで熱心に歓待したのでしょう? 外国人のセレブリティが物珍しかったからという理由もあるでしょうが、グラントがアメリカ合衆国大統領だった頃、アメリカを訪れた岩倉具視率いる日本の使節団を大いに歓迎してくれたことへの返礼をしたかったという理由が大きかったと考えられます。そして、世界旅行の途上で来日してくれた夫妻を立派にもてなす日本人の姿を通じ、国際社会に「近代化しつつある日本」をアピールしたかった点も指摘できます。

 もちろん、幕末の日本が締結させられた欧米列強との不平等条約の改正について、グラントに少しでも協力してもらえないだろうかという“下心”もあったとは推察されますが……。ドラマ内でもグラント自身が「私はもはや大統領ではないのだ。これほど大掛かりにもてなされても、日本の期待に応えるようなことなど何も出来ない」と申し訳なさそうに語るシーンがありましたが、実際にそのとおりだったのでした。

 明治時代前半のアメリカは、世界を牽引する“列強トップ5”には含まれていません。その当時、世界を動かすほどの覇権はヨーロッパが握っており、中でもイギリスがダントツのナンバーワン。ロシア、フランスがその後を追うのですが、この両国が結託してもイギリスの国力が上といえるほどに実力差がありました。“欧米列強”などとひとくくりに語られがちですが、確実に格差は存在していたのです。しかし、グラントは飾らない、親切な人柄で知られていました。それだからこそ、彼に期待できるのではと日本側は希望を持ったのかもしれませんね。

 グラントは明治天皇とも何度も面会し、具体的な国家運営のアドバイスを与えています。その中には“国を近代化しようとして、列強から大量の資金を援助してもらえば、逆に財政破綻を招き、国家として危機を迎えるリスクが高まりかねない”というものもありました。外国からの借金でクビが回らなくなったエジプトやスペイン、トルコなどの惨状を知るグラントの助言は天皇の心を強くつかみます。

 「将来日本は決して再び外債を起こすべからず」と教えられた天皇は、外債発行計画を大々的に行おうとしていた大隈重信と対立しますが(富田俊基『国債の歴史 金利に凝縮された過去と未来』東洋経済新報社)、それはもう少し後の話ですね。

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