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日刊サイゾー トップ  > 『青天を衝け』でも描かれた明治の貧困問題

樋口一葉も没落士族…渋沢栄一が「国利民福」訴えた背景に明治期の“貧富の差”

伊藤兼子と同じように没落を経験した樋口一葉

樋口一葉も没落士族…渋沢栄一が「国利民福」訴えた背景に明治期の“貧富の差”の画像3
樋口一葉

 前回のドラマには、渋沢の後妻となることになる伊藤兼子も少し登場しましたが、彼女も没落した豪商の娘でした。そしてドラマを見ていて筆者が思い出したのが、現在、五千円札の“顔”になっている明治の女流作家、樋口一葉(本名・樋口なつ)が経験した没落の話です。明治期は社会保障などほぼゼロの時代だったので、稼いでいた働き手の父親や兄が早死するという“それだけ”の不幸で、一家が短期間のうちに没落してしまうようなケースもよくありました。

 樋口一葉の実家は、徳川将軍に仕える御家人、つまり直参の武士でした。しかし、一葉の両親は幕末に駆け落ち同然で村を飛び出し、江戸に出てきた元・農民です。一葉の父・樋口則義は、幕府の末端役人の下働きをするうちに顔を売り、金を蓄え、それを元手に御家人・樋口家の養子にしてもらいました。いわゆる“御家人株を買う”と呼ばれる、成り上がりのための手段です。

 こうして武士となった樋口則義ですが、あれよあれよという間に幕府が瓦解、その後は明治新政府に鞍替えして、警視局(現在の警視庁)の役人として高い給料をもらうようになります。当時の公務員は副業自由だったので、金貸しや不動産業の副業も息子の泉太朗(一葉の兄)と共に行い、荒稼ぎをしていました。

 一葉も幼少時代はお嬢様として育ったのですが、明治20年(1887年)に兄・泉太朗、その2年後には父・則義までが相次いで亡くなり、長女だった一葉は18歳の若さで樋口家の世帯主となり、急激に傾いた家運に抗いながら、母や妹たち家族を養わねばならなくなりました。樋口家がただの成金で、親戚などの支援が受けられなかったことも不幸だったと思います。

 一葉が作家を志すようになったのも、若い女性でも人気作家になることができれば、男性並み、もしくはそれ以上の給料を受け取って、一家を養うことができるから……という理由だったそうです。

 一葉は、作家業で成功を狙う道と並行し、リッチな家の正妻として嫁ぐ道も模索していたのですが、名家であればあるほど嫁いでくる女性の持参金を重視したので、貧しい樋口家の娘を迎え入れてくれるところはなかなか見つかりません。夏目漱石の兄と一葉には縁談もあったそうですが、“貧乏な樋口家にたかられそう”との理由で破談になったそうです。

 つい先日お亡くなりになった瀬戸内寂聴さんによる樋口一葉の評伝『炎凍る』(岩波書店ほか)によると、一葉にはそれなりに“賢く”動いていた形跡もあります。彼女の文学の師匠で、想い人でもあった半井桃水(なからい・とうすい)から、愛人手当とも思えるような支援金を毎月15円(当時の1円を現在の2万円として換算して30万円相当)もらっていたようです。当時の樋口家の1カ月の生活費は7円もあれば足りたのでけっこうな額ですが、半井は、夏目漱石も勤める(とはいえ、漱石は専属作家でしたが)東京朝日新聞の記者で、高給取りでしたからね。「そんなことをするなら、半井家に嫁げばよいのに」と読者は思うかもしれませんが、貧しい樋口家と豊かな半井家は釣り合いの取れない間柄だと一葉は判断したようです。

 半井桃水は寡夫(やもめ)でしたが、美しい芸者の内縁の妻がすでにいましたし、彼は一葉を“気の毒な作家志望の若者”として認識し、いわゆる“女性”としては見ていなかったところがあります。しかし、周囲で「半井先生と一葉さんの仲が怪しい」という噂が立つと、一葉は彼と絶縁宣言し、去ってしまうのでした(その後も、しばしば面会はしていたようですが……)。

 ちなみに「一葉」のペンネームは半井がつけてくれたものだそうです。達磨大師が葉っぱ(一葉)の小舟に乗って中国へと渡ったという逸話に由来した名前で、達磨大師といえば、足がないダルマさんの像のモデルでもありますから、「お足がない」→「金がない」。それって万年金欠の樋口一葉にピッタリ!という発想だったそうです。ブラックジョークが効いたペンネームですが、これを一葉は終生、大事に使いました。しかし、24歳の若さで一葉は困窮による栄養失調が原因と思われる肺病で、ひっそりと亡くなっており、「名は体を表す」とはよく言うものだと思われてなりません。余談ですが、長年、千円札の顔だった夏目漱石の本名は「金之助」で、少年時代に一度、実家の財政が低迷したものの、それ以降はかなり恵まれた暮らしを送ったことで知られていますね。

 『青天~』に一葉が出てくることはないでしょうが、明治期の日本にありがちだった、成り上がりと没落を短期間に体験した彼女の人生も、政府はもちろん、渋沢の慈善活動の網目からも漏れてしまった不幸の一例として頭の片隅に置いておくと、ドラマがより深く楽しめるかもしれません。

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堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2023/02/21 11:40
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