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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム  > 『どうする家康』に登場しない黒田官兵衛
歴史エッセイスト・堀江宏樹の「大河ドラマ」勝手に放送講義

黒田官兵衛、本多重次…なぜか『どうする家康』に登場しない重要人物たち

「鬼の作左」本多重次や、「瀬名姫が目標にした」寿桂尼らも不在

黒田官兵衛、本多重次…なぜか『どうする家康』に登場しない重要人物たちの画像2
寿桂尼(『どうする家康 虎の巻5』より)

 『どうする家康』に登場しないという点では、史実の家康にとって本当に頼れる年上の家臣であった本多重次(作左衛門)の不在も残念に感じました。

 本多重次は、「鬼の作左(さくざ)」の異名でも知られる勇猛果敢な武将で、主君である家康にも堂々と意見したことでも知られる人物です。「徳川四天王」の一人である本多忠勝と同族の出身で、忠勝とは5代くらい前に分岐した家に生まれました。『どうする家康』では、本多一族からもう一人、本多正信が家康に仕えていますから、重次まで登場すると、家康周辺は本多家だらけになってしまうので、脚本の古沢良太先生は登場させなかったのかもしれません。ドラマの石川数正はなんでもズバズバと進言するキャラということもあり、そこに重次の要素が取り入れられたことで、重次が不登場に終わったのでしょう。重次と数正はほぼ同年代で、いろいろとキャラ被りが多いのです。また、重次には歴戦の勇者として戦った結果、片目、片足、手指の一部を失ってしまったという説まであって、映像化するのが難しいという面もあったのかもしれませんね。

 史実の本多重次は、岡崎城代を務めていた石川数正が秀吉のもとに出奔する事件が起こると、すぐさま大坂の豊臣家で人質になっていた我が子・仙千代に帰還命令を出し、自分の手元に取り戻しました。この重次の行動は、秀吉との再戦争をも辞さない構えであった家康から大いに評価され、岡崎城代の座を重次に継がせています。

 その後、豊臣家から大政所が送られてくることになると、重次は大政所の警備を任されていますが、警備役とは名ばかりで、大政所の居館の周りに薪を積み上げ、いつでも焼き殺せる準備を整えていたという逸話もあります。

 さすがにこの逸話の真偽には疑問符がつきますが、秀吉は重次を問題視していたとの見方があります。天正18年(1590年)の家康の関東入国後、重次は現在の茨城県取手市の井野に3000石の知行地(所領)を与えられて隠居しましたが、この背景には秀吉の強い意志があり、家康がそれに従わざるを得なかったからという説があるのです。ただ、この時の重次は数え年で62歳になっていましたから、当時としてはかなりの高齢にあたり、よい引退時期だったのではないか……とも思われますね。

 今川家周辺にも登場しなかった重要人物が散見されます。『どうする家康』制作統括の磯智明チーフ・プロデューサーによると「今回の大河ドラマで今まで以上に力を入れているのが、今川義元です」とのことで、実際にドラマの家康は、義元の影響を受けて事あるごとに覇道ではなく王道を目指すと発言していました。しかし、史実の義元のそばには、いつも頼れる「軍師」である太原雪斎と、かつて幼少だった義元に代わって「女戦国大名」として活動したこともある生母・寿桂尼が付き従っていたはずなのですが、どちらもドラマには登場しませんでした。『どうする家康』は、家康が人質として駿府で過ごした少年~青年時代も丁寧に描いていた印象がありますが、義元の大人物ぶりは強調されていたものの、その義元を支えていた雪斎や寿桂尼がまったく出てこなかったのは残念でしたね。それこそドラマの瀬名は、かつての寿桂尼のように政治的なアプローチを試みる女性として描かれており、ミニ番組『どうする家康 虎の巻』でも寿桂尼について築山殿(瀬名)が「目標にしたと考えられる女性」と紹介していました。義元が家康に影響を与えたように、瀬名が寿桂尼から薫陶を受ける描写があってもよかったのではないかと思われます。

 ほかにも登場しなかった女性として思い出されるのは、信長の正室の濃姫(もしくは帰蝶)の存在です。『どうする家康』では、彼女の代わりに信長の妹のお市が大きく描かれたので、濃姫の不在はキャラ被りを解消するための策だったのでしょう。ちなみに古沢良太先生は、木村拓哉さん演じる信長を主人公とした映画『レジェンド&バタフライ』では、帰蝶を登場させる代わりにお市を登場させていませんでした。

 信長の母である土田御前も登場しませんでしたね。史実の信長が独特な性格になったのは、弟を偏愛したとされる母との折り合いの悪さが影響した部分が大きかったはずです。家康が主人公のドラマだけにそのあたりは割愛したのでしょうが、本ドラマにおける岡田准一版信長は、家康と並ぶ、あるいは時にそれ以上の存在感を見せたキャラクターだったことを考えると、緊張感のあった父・信秀(藤岡弘、さん)との関係だけでなく、土田御前との不仲についても描いてほしかったように思われます。

 以上、『どうする家康』で登場しなかった重要人物について、思い出すままに語ってきましたが、家康の人生における重大事件で描かれないものも今後たくさん登場してきそうな気がしますね。本作は話の展開がかなりスローペースであることはよく指摘されています。過去の大河ドラマの例から推測すると全47話、最終回は2023年12月17日となる可能性が高い気がします。しかし、次回17日放送の第35回でようやく石田三成が登場し、家康が秀吉に臣従するまで進むというこのペースでは、慶長19年~慶長20年/元和元年(1614年~1615年)のいわゆる大坂の陣で豊臣家の滅亡が描かれるのがクライマックスとなり、残りの家康の人生は史実でも1年と少しですが、ナレーションで触れられるだけで終劇となりそうな予感があります。

 個人的には月代(さかやき)にしてヒゲを蓄えた、中年時代の家康のビジュアルがなかなかハマっているような気がするので、松本さんが演じる最晩年の家康もぜひ見てみたい気がするのですが、筆者の願いが叶うことはあるのでしょうか。最終回まで残り数カ月、引き続きドラマを見守り続けたいと思います。

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堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2023/09/10 11:00
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