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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム  > 『推しの子』はなぜこんなに熱狂を生むのか

『推しの子』という名の「嘘=フィクション」が生む熱狂と、現実の距離

『推しの子』という名の「嘘=フィクション」が生む熱狂と現実の距離の画像
『推しの子』原作公式サイトより

 なぜ『推しの子』はこんなにも私たちを惹きつけるのだろう。

 原作漫画は2021年、2022年と2年連続で「マンガ大賞」ノミネート。アニメ主題歌であるYOASOBIの「アイドル」は米ビルボード・グローバル・チャートで日本語楽曲史上初の1位を獲得。そしてアニメもまた、大好評配信中である。

 SNS時代の芸能界を描く物語『推しの子』の冒頭は、「この物語はフィクションである というか この世の大抵はフィクションである」という言葉から始まる。そう、この物語は「フィクション」つまり「嘘」が主題である、と提示する地点からスタートしているのだ。

 現代ほどエンターテインメントという名の「嘘」が難しい時代もない。まさに作中で描かれているように、たとえばアイドルのプライベート事情や、あるいはバラエティ番組の裏側、そして芸能界の実情について、告発がSNSで放たれること――いわゆる「流出」が後を絶たない。『推しの子』が描くように、芸能界でアイドルがしっかり「嘘」をつこうとしていても、SNSによってその「嘘」が明かされることも、少なくはない。現代のエンターテインメントは、完璧な「嘘」を視聴者に提示することが、難しくなっているのだ。

 しかしそんな時代にあって尚、視聴者はぎりぎりまで「現実」に近しい「嘘」を望んでいる。たとえば作中に登場するような、リアリティーショーの流行がそのうちのひとつだろう。配信サイトのランキング上位には、常に恋愛リアリティーショーやアイドルのオーディション番組が見受けられる。もちろん視聴者は、リアリティーショーで行われていることがすべて真実であるとは思っていない。そこには演出があり、嘘が含まれていることは理解している。だが一方で、すべてが嘘だとも、もちろん思っていない。リアリティーショーやオーディション番組を、ある程度は現実的な真実として受け取っているからこそ、私たちはそれに熱狂するし、同時に批判もしてしまう。

 私たち読者はどこかで、『推しの子』を、リアリティーショーのような「現実を反映したフィクション(嘘)」として読んでいるのではないだろうか。だからこそ、こんなにも私たちは『推しの子』という名の嘘に熱狂しているのではないか。

 もちろん、作中の描写すべてが現実であると考えている人はいないだろう。「推しの子に生まれ変わる」「子を産みながらトップアイドルになる」――そんな設定を、現実そのまま映し出したものだとは思っていない。しかし一方、先日「現実のリアリティーショーで起きた事件を彷彿とさせる演出をしている」という主張に基づき、SNS上で『推しの子』アニメ配信について論争がおこなわれていた。それはまさに『推しの子』という作品の「嘘」に対して、「現実」を見出してしまうからだ。創作物という名の「嘘」について、SNSという名の現実で批判をしたくなってしまうのは、私たちが存外、嘘と現実の境界が分からなくなっているからではないだろうか。

 先述したように、現代ほどエンターテインメントという名の「嘘」が難しい時代もない。それはテレビ業界であろうと、漫画業界であろうと、アニメ業界であろうと、同様だ。『推しの子』という物語は、ある時は恋愛リアリティーショーに出演する若者を描きながら、ある時はアイドルとしてデビューする少女たちの葛藤を描きながら、ある時は舞台化される漫画家の苦悩を描きながら、「SNSで簡単に「嘘」が暴かれる時代に、何を提供できるというのだろう?」という問いについて、手を変え品を変え考え続けている。

 だとすれば、こうも言えるだろう。『推しの子』の作者である赤坂アカは、アイドルという職業の物語を描きながら、「現代において嘘をつく職業――エンターテインメントを提供する職業は、何をすればいいのか」という物語を紡いでいるのだ。『推しの子』は、アイドルの物語でありながら、これは漫画家である作者の創作論ではないだろうか、とも考えられるのだ。

 つまり、芸能界を舞台に「どうしたら人気になるか?」「どうしたら自分の目的を達成できるか?」と問いかけながら「嘘」を紡ぐ主人公たちの姿は、実は、出版界で「どうしたらこの漫画を人気にできるのか?」と奮闘しながら、漫画という「嘘」を紡ぐ作者の姿でもある。だから私たちは、こんなにも『推しの子』という物語に熱中する。それは作者の熱い創作論が、作中の随所にちりばめられているからだ。

 考えてみれば作中、「コンテンツとファンは既に相互監視状態にある」(3巻)、「この業界 君達の才能を利用するだけ利用して捨てる悪い大人が沢山いる」(4巻)など、漫画界にも当てはめられる言葉がたくさん綴られている。近年は『ブルーピリオド』(山口つばさ)や『ルックバック』(藤本タツキ)や『これ描いて死ね』(とよ田みのる)といった創作を扱った漫画が相次いで「マンガ大賞」にノミネートされているが、『推しの子』もまた、そのような創作論を扱った漫画のひとつだと捉えられることができるだろう。

 「推し」という昨今の流行を捉えたタイトルを冠しつつ、その内実は「現代の嘘を描くことについての創作論」でもある『推しの子』。人気になるのも頷ける主題だ。私たちは作中でアイやアクアの吐いた「嘘」を楽しみながら、同時に、『推しの子』という名の「嘘」を大いに楽しんでいるのである。

三宅香帆(書評家/作家)

Twitter:@m3_myk

書評家、作家。1994年生まれ。高知県出身。京都市在住。京都大学大学院人間・環境学研究科修了。著書に『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』『女の子の謎を解く』等がある。

みやけかほ

最終更新:2023/06/15 00:15
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