“嘱託殺人”を題材にした犯罪映画『タスカー』絶望の先にあるものは何か?
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死にたいと考えている人の気持ちを受け止めたい
前作から17年ぶりとなった長編映画『タスカー』。一度中断した企画に再度取り組むことを決意したきっかけを、鎌田監督は打ち明けてくれた。
鎌田「北海道に帰省していた際、高校時代の同級生と再会しました。とても明るいヤツで、介護の仕事をしていたんですが、鬱になって、仕事を休んでいたんです。『今なら鎌田が撮る映画を手伝えるぞ』『じゃあ、一緒にお金を集めるか』などと冗談っぽく話していたんです。でも、その翌月に同級生は自殺してしまいました。
しばらくして、僕の父が癌で亡くなり、以前は明るかった母親も塞ぎ込むようになり、自殺しようとしたんです。幸い命に別状はなかったんですが、それから母は『なんてバカなことしちゃったんだろう』と自分自身を責めるようになったんです。東京にいる僕のところに、朝の4時ごろ電話してきて『死にたい』と訴えることもありました。
そうこうしているうちに新型コロナウイルスが蔓延し、映像関係の仕事がなくなってしまい、自分も生きることにどん詰まってしまった。年齢的なことも関係するんでしょうが、死にたいと考えている人に『がんばって生きようよ』という言葉は届かないものです。それならば、死にたいと思っている人の気持ちを、まずは受け止めることが大切じゃないのかと考えるようになったんです。
コロナ禍における文化芸術活動の再興支援『AFF(ARTS for the future!)』から600万円の補助金が今回の企画に下りることになったのですが、AFFは1年以内に映画を完成させることが条件でした。そこで自己資金と合わせ、2021年に北海道で撮影することを決めたんです」
さまざまな想いや諸事情が重なり、10年以上凍結されていた企画が再起動することになった。新しい脚本には『名前のない女たち うそつき女』(18)や『草の響き』(21)の加瀬仁美、また脚本協力として『さよなら歌舞伎町』(14)や『終末の探偵』(22)の中野太が参加している。
個人の熱情が、不可能だったロケ撮影を可能にした
北海道室蘭を舞台にした『モルエラニの霧の中』(21)や犯罪サスペンス『夜を走る』(22)など、単館系映画やテレビドラマに数多く出演する菜葉菜が、シンガーとしての夢に破れ、故郷に戻ってきた女・早紀を演じている。鎌田監督とは『YUMENO』以来のタッグだ。鎌田監督と同世代になるベテラン俳優の金子清文が、死にたがっている男・章二に。放送中のNHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』や、シニア層を動員している映画『茶飲友達』(公開中)などに出演している若手俳優・佐野弘樹が、シリアス一辺倒になりがちな物語に躍動感を与えている。晩秋の北海道で『タスカー』の撮影は行なわれ、車が海に飛び込む場面は、息を呑む緊迫シーンとなった。
鎌田「かつては石井隆監督の『ヌードの夜』(93)や刑事ドラマ『西部警察』(テレビ朝日系)などで、車が海に飛び込むシーンがありましたが、今は環境問題などで規制が厳しく、日本でロケを許可してくれるところはほぼありません。自治体が許可してくれても、海上保安庁が認めてくれないんです。今回は『モルエラニの霧の中』のロケに協力した室蘭市役所が熱心に動いてくれたおかげで、撮影することができました。市役所全体が『タスカー』を応援してくれたわけではなく、ひとりの職員が映画に理解を示し、企画を通してくれたんです」
海に飛び込むシーンは危険を伴うため、事前に東京の天王洲運河でテストを行なったそうだ。鎌田監督みずからが海に入り、メインキャストが所属する事務所を納得させている。鎌田監督や市役所の職員ら個人の熱情が、多くのものを突き動かしていった。
周到な準備の上、室蘭の港で撮影が行なわれた。車が海に沈むシーンは、もちろん一発撮りである。死を意識した3人のキャストのリアルな表情に注目してほしい。
鎌田「病気で亡くなった人を看取ったことはあっても、自分から死のうとしている人間の最期の顔は見たことがないので、俳優がどんな表情をするのかを、僕からは演出することはできませんでした。俳優に委ねるしかなかった。素晴らしい表情を3人とも見せてくれたと思います」
16ミリフィルムで撮影された北海道の空は、劇中ずっとどんよりしている。「天気待ちしている余裕はなかった」と鎌田監督は語るが、主人公たちの心情をあたかも反映しているかのようだ。
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