“嘱託殺人”を題材にした犯罪映画『タスカー』絶望の先にあるものは何か?
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ジャン=リュック・ゴダールが死んだ。ヌーベルヴァーグの巨匠は、スイスの自宅で安楽死を選んだ。彼の最期を看取った家族や看護士に「ありがとう、みんな。この最期を実現してくれて……」という言葉を残したそうだ。2022年9月、ゴダールは91歳の生涯にみずから幕を下ろした。尊厳死をテーマにしたフランソワ・オゾン監督のフランス映画『すべてうまくいきますように』も、日本で現在公開されている。安楽死を望む父親の最期の日々を、ソフィー・マルソー演じる娘の視点から描いたヒューマンドラマとなっている。
人間の生と死を見つめた、注目すべき日本のインディペンデント映画も、2月18日より東京での上映が始まった。鎌田義孝監督の『TOCKA[タスカー]』がそれだ。生きる希望を失った3人の男女が荒凉とした北海道をさまよう姿が、16ミリフィルムで撮影されている。「嘱託殺人」「自殺幇助」といったシリアスな題材を扱っているが、俳優たちの迫真の演技に引き込まれ、最後まで目を離すことができない。
実際に起きた嘱託殺人事件から着想を得た『タスカー』は、こんな物語だ。章二(金子清文)は根室でロシア人相手の中古電器店を営んでいたが、経営に行き詰まり、「死にたい」という願望を抱くようになっていた。妻と長男に先立たれた章二は、老いた両親に預けている小学生の娘に、せめて保険金だけでも残そうと考える。
娘に多額の保険金を残すには、自殺ではダメだ。自殺サイトで知り合った元シンガーの早紀(菜葉菜)に「殺してほしい」と懇願する。借金を抱える早紀は、保険金の一部を受け取る約束で、嘱託殺人を承諾する。
交通事故に見せかけた2人の殺人計画に、廃品回収業に従事する若者・幸人(佐野弘樹)が加わる。違法投棄を繰り返す幸人も、生きる希望を見出すことができずにいた。
絶望の淵をさまよう3人は、引き寄せ合うようにして出逢い、そして章二を乗せた車は海へと飛ぶことになる。思いのほか、車はあっけなく海に沈む。だが、そこから先は死のギリギリの境地に立った人間の本能がむき出しとなる、予想外のドラマが待っていた。
実際に起きた嘱託殺人事件と未遂事件
嘱託殺人をテーマにした『タスカー』を企画・脚本から手掛けた鎌田義孝監督は、1964年の北海道生まれ。ピンク映画『若妻 不倫の香り』(98)で商業監督デビューを果たし、本作と同じく北海道で撮影された『YUMENO ユメノ』(05)以来の長編映画となる。何が鎌田監督を突き動かし、17年ぶりとなる長編映画を撮らせたのだろうか。
鎌田「前作『YUMENO』は一家を惨殺した殺人犯が、彼に家族を殺された女子高生を連れて逃避行する犯罪ものでした。菜葉菜さんの初主演作で、彼女には女子高生を演じてもらいました。『YUMENO』は殺人を犯した若者の物語だったので、次は反対に死を考えている中年男の物語を撮れないかと考えたんです。
『YUMENO』のシナリオを書いてくれた脚本家の井土紀州さんは犯罪事件に詳しく、2003年に東京で嘱託殺人未遂事件があったことを教えてくれました。中古パソコン店の経営者が自分に掛けた保険金で負債を返済しようと考え、闇サイトで知り合った少年に殺人依頼したという事件でした。僕も調べてみると、同じ頃に韓国で似たような事件が起きており、こちらは未遂ではなく殺人に至っていました。殺人と殺人未遂、二つの事件を隔てたものは何だったんだろうと。映画として撮ってみることにしたんです。
2006年ごろ、井土さんと一緒に北海道東部を回り、脚本を書き上げてもらいました。スポンサーも見つかり、配役も固まりつつありました。でも、そのときは撮影できなかったんです」
進み出した企画を一度止めてしまうと、再起動させるのは難しい。そのままお蔵入りしてしまうケースがほとんどだ。そのことは鎌田監督も充分に分かっていた。
鎌田「井土さんはヒューマニストです。そのとき書いてくれた脚本も、死にたいと考えている主人公と一緒に旅をする若者が『死ぬのはよくない』となだめ、主人公は考え直すという前向きな物語だったんです。希望を感じさせる終わり方でした。だからこそ、スポンサーも見つかったわけです。でも、僕はどうしても撮影には踏み切れなかった」
死にたいと考えている人に、安全な立場から励ましの言葉を与えても、どれだけの意味があるだろうか。死にたいと考えている人を、否定せずに描くことはできないか。そんな葛藤から、鎌田監督はクランクイン寸前だった企画を中断させてしまう。
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