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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム >  パンドラ映画館  > “青春の痛み”描く、藤井道人プロデュース作
深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.722

メンヘラ女子と意識高い系男子が出会った痛い青春もの『生きててごめんなさい』

ネコみたいに気ままに生きるヒロイン

メンヘラ女子と意識高い系男子が出会った痛い青春もの『生きててごめんなさい』の画像3
一緒に暮らしている修一と莉奈だったが、関係性が次第に変わっていく

 ヒロインである莉奈は、本当にダメダメな女の子だ。バイト先だった居酒屋でも、態度の悪い男性客(飯島寛騎)に対して、きちんと注文を確認していればトラブルを招かずに済んだはずだった。転がり込んだ修一の部屋でもゴロゴロしているだけで、新しい仕事を探そうとはしない。率先して、家事をすることもしない。どうやら、数々のバイトをクビになり、会社の面接にも落ち、生きること自体に疲れてしまっているらしい。時々、ツイッターで呟いでいるだけの毎日を送っている。

 優しい性格の修一が、莉奈のある行動に激昂してしまう。捨てられた犬を、莉奈が拾ってきたためだった。声帯を切り取られ、吠えることもできなくなった犬だった。うまく社会とコミュニケーションが取れない莉奈によく似ている。そのまま放っておけば、処分されてしまうのは確実だった。だが、自身の世話もろくにできない莉奈が、ペットの世話までできるはずがない。修一は理路整然とした言葉で、莉奈の無責任な行動を責める。

 自分のことを愛し、全面的に受け入れてくれていると思っていた修一の常識的な対応に、莉奈は深く傷つくことになる。

 ネコみたいに自由気ままに生きるヒロインと作家を自称する男の物語といえば、トルーマン・カポーティの小説『ティファニーで朝食を』が思い浮かぶ。

「不正直な心を持つくらいなら、癌を抱え込んだほうがまだましよ」

 そう言い切るホリー・ゴライトリーの自分に正直で奔放な生き方は、多くの読者を魅了した。今の時代なら、きっと人気インフルエンサーになっていたことだろう。

 お金持ちの男たちの間を華やかに渡り歩いたホリー・ゴライトリーに比べると、莉奈は恐ろしく地味で不器用な女の子だ。でも、誰にもおもねることなく生きようとする莉奈の姿は、ホリー・ゴライトリーの遠い遠い末裔であることを感じさせる。

短時間で顔が変わった黒羽麻璃央と穂志もえか

メンヘラ女子と意識高い系男子が出会った痛い青春もの『生きててごめんなさい』の画像4
主人公たちに影響を与える、売れっ子コメンテーターの西川(安井順平)

 無意識のうちに莉奈をマウンティングしていた修一だが、ある出来事から2人の関係性は大きく変わっていく。売れっ子コメンテーター・西川(安井順平)の自己啓発本を修一が担当することになり、自宅に置いてきた取材ノートを莉奈に届けてもらう。莉奈のユニークな発言を、いつもは気難しい西川は面白がり、莉奈も編集スタッフとして働くことになったのだ。

 仕事を手に入れ、西川たちに評価され、莉奈は自分に自信を持つようになる。気が進まない仕事を抱え、モチベーションが下がりまくっている修一とは対照的だった。2人の上下関係が変わっていくことで、お互いが抱く恋愛感情も揺さぶられていく。男女間の経済事情や社会的立場のバランスは、恋愛や結婚の行方を大きく左右する。

 社会派ドラマとして大きな話題を呼んだ『エルピス—希望、あるいは災い—』(カンテレ制作、フジテレビ系)での怪演が印象的だった安井順平が、本作でも嫌味で多面性のあるキャラクターぶりを発揮している。毒舌家の西川は、心優しい修一とは真逆のキャラクターだ。小説家になる夢を追う修一にとって、リアリストの西川は苦手な相手であり、現実の大人社会を代表する人間でもある。そんな西川に、莉奈が気に入られていることも腹ただしい。

 かつてはお笑いコンビ「アクシャン」として活動していた安井順平だが、コンビ解散後は舞台俳優としてキャリアを重ね、近年は映画やテレビドラマで性格俳優として注目されるようになった。芸能界でサバイバルしてきた安井の実績が、コメンテーター西川の言葉をよりリアルに、嫌味ったらしく感じさせる。西川を嫌っている修一だったが、西川の書籍のタイトル『目の前の時間を生きろ』が修一の心にグサリと刺さることになる。

 莉奈も修一も若さゆえに、お互いのナイーブな部分にまで踏み込み、傷つけ合ってしまう。莉奈役の穂志もえかにとっても、修一役の黒羽麻璃央にとっても、役に感情移入しすぎ、かなりハードな撮影になったようだ。山口監督のサポートに回った藤井プロデューサーは「剥き出しの感情をぶつけ合う黒羽くんと穂志さんの芝居は、監督として嫉妬してしまうほど素晴らしかったです」と語っている。

 青春映画の定石どおり、物語の後半には恋する2人にとって残酷な結果が待ち受けている。挫折と別離を経験した修一と莉奈は、冷却期間を置いて再会を果たす。出会いの場となったあの居酒屋で、2人はもう一度対面する。映画の冒頭シーンがリフレインされるわけだが、以前の2人とはまったくの別人となっている。幼い表情を見せていた以前の修一と莉奈の顔は、すっかり大人の顔に変貌していた。

 この冒頭とエンディングを締める居酒屋シーンは、映画の撮影最終日にまとめて撮影されたそうだ。もちろんメイクや演出の違いがあるわけだが、ごく短時間で修一と莉奈の顔が変わっていることに驚きを覚える。撮影期間中、穂志も黒羽もそれぞれ演じた莉奈と修一として、また俳優としても大きく成長したに違いない。

 ゴールに待っているのがハッピーエンドではないとしても、修一と莉奈は出会い、そして同じ時間を共有したことで、お互いに成長を遂げることになった。観ているこちらの胸も痛い。おそらくこれは、すっかり忘れていた「青春の痛み」というヤツなのだろう。

『生きててごめんなさい』
監督/山口健人 企画・プロデュース/藤井道人  脚本/山口健人、山科有於良
出演/黒羽麻璃央、穂志もえか、松井玲奈、安井順平、冨手麻妙、安藤聖、春海四方、山崎潤、長村航希、八木アリサ、飯島寛騎
配給/渋谷プロダクション 2月3日(金)よりシネ・リーブル池袋、ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
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最終更新:2023/01/26 19:00
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