昭和世代はなぜフィリピンに惹かれるのか? 格差社会の幸福論『ベイウォーク』
#映画 #パンドラ映画館
路上生活者と一般市民とがシームレスな状況に
本作を観ていて、ひとつ疑問があった。オーバーステイ状態で路上生活を送る赤塚さんだが、在フィリピン日本大使館に頼んで日本に強制送還してもらうことは不可能なのだろうか。
粂田「日本に親族がいればお金を送ってもらうように、と日本大使館では言われるんです。大使館ではお金を貸してくれません。赤塚さんの場合は、パスポートと一緒にケータイ電話も盗まれ、連絡先が分からなくなったという事情もあったようです。別れた奥さんやお子さんに頼んで送金してもらうこともできなくはなかったはずですが、赤塚さんのプライドが許さなかったのかもしれません」
粂田監督が取材した期間は、2012年から2019年のおよそ7年間。高級マンションで暮らす関谷さんとすぐ近くのベイウォークで寝泊まりする赤塚さんとの間には交流はなかったが、どちらも望郷の念に駆られていたという点では一致していた。
粂田「終の住処にするつもりで、マニラのマンションを購入した関谷さんですが、遊ぶだけの生活にはすぐに飽きてしまったんでしょう。僕の現地の知り合いも紹介したんですが、フィリピンでは友達ができなかったようです。赤塚さんは『日本に帰って、友達と居酒屋で酒を飲みたい』と話していました。路上生活を脱して、帰国することを赤塚さんは望んでいました。ささやかな希望を持つことで、赤塚さんは異国での路上生活に耐えていたんだと思います」
赤塚さんと関谷さんが郷愁を募らせた母国・日本だが、その日本での生活に息苦しさを感じ、海外へ移住する日本人は後を絶たない。困窮邦人はこれからますます増えるのではないだろうか。赤塚さんが眺めていたテレビは、神奈川県相模原市にある福祉施設で大量殺人事件が起きたことを報じている。社会的弱者がより弱者を虐げるという、今の日本社会が垣間見える。フィリピンと日本も、非常に対照的だ。
粂田「フィリピンは完全な階級社会ですが、下流層の幅がピンからキリまで非常に広いんです。ホームレスもプリペイド式のケータイ電話を持っていたり、週末だけ郊外にある実家に戻るという半ホームレスもいます。路上生活者と一般市民とがシームレス状態なんです。フィリピンのスラム街を取材し始めた2012年ごろは、『日本も将来はこんなふうになるのかもしれない』と思っていたのですが、今では日本も似たような状況になっているように感じます。女性ホームレスが襲われた事件を題材にした高橋伴明監督の『夜明けまでバス停で』(22)は、まさにそんな内容じゃないですか。貧困の実情が見えにくくなっているだけでしょう。フィリピンでは困った人同士は助け合うのが当たり前という気風が残っているけれど、人と人との繋がりが薄れてしまった日本は、もっとシビアな状況になっていくのかもしれません」
赤塚さんと関谷さんの目には、ベイウォークに沈む夕陽はどんなふうに映っていたのだろうか。昭和時代に生まれた2人の男性の対照的な生き方は、幸せの意味を静かに問い掛けてくる。
『ベイウォーク』
監督・撮影・編集/粂田剛 音楽/高岡大祐
配給/ブライトホース・フィルム 12月24日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次公開
※K’s cinemaでは日曜、水曜に『なれのはて』のアンコール上映あり
©Uzo Muza Production
atbaywalk.com
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