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眞栄田郷敦“岸本”をハメたのは誰? ますます謎が深まる『エルピス』が描く“理想と現実”の落差

眞栄田郷敦“岸本”をハメたのは誰? ますます謎が深まる『エルピス』が描く“理想と現実”の落差の画像
ドラマ公式サイトより

 長澤まさみ主演のフジテレビ系月10ドラマ『エルピス—希望、あるいは災い—』が残り2話となり、いよいよ佳境を迎えている。ドラマの軸となる連続殺人事件と冤罪問題については、真犯人の存在が浮かび上がってきた一方、見事その証拠を掴んだ岸本拓朗(眞栄田郷敦)が何者かにハメられるという展開を見せた。謎はますます深まり、『エルピス』がどのような結末を迎えるのかまったく予想もつかない。だが、このドラマが描きたいものの輪郭が見えてきた。

“簡単”ではなくなった浅川と、すべてを捨てて事件追及に没頭する岸本

 架空のテレビ局「大洋テレビ」を舞台に、女性アナウンサーの浅川恵那(長澤まさみ)と若手ディレクターの岸本が、ひょんなことから10代の女性を狙った「八頭尾山連続殺人事件」の真相を追いかけることになる本作。

 10年以上前に起こったこの事件で容疑者として逮捕され、死刑判決が下された松本良夫(片岡正二郎)に冤罪の可能性があると調査し始めた浅川と岸本は、自分たちの深夜バラエティ『フライデーボンボン』で独自の調査報道を流し、大きな反響を得ることに成功するが、松本死刑囚逮捕の決め手となった目撃証言がウソだと暴露された証言者・西澤(世志男)は行方をくらまし、大門副総理(山路和弘)から圧力のかかっていた報道部に知らせることなく調査報道を強行したことによる“粛清”で、番組チーフプロデューサーの村井喬一(岡部たかし)は子会社に出向、岸本は経理部へと異動させられた。一方、浅川は同局の顔である報道番組『ニュース8』のメインキャスターに抜擢され、人気アナウンサーへと返り咲く。八頭尾山連続殺人事件の裏に大門副総理が関わっている推測を立てるなど、事件への関心はまだ持っている浅川だが、キャスター仕事が忙しいため専念できない。経理部に移ったことでかえって時間に余裕ができた岸本は真相追及に没頭していくが、浅川の態度に不満を抱いていく。

 12月12日放送の第8話では、岸本の地道な聞き込みが成果を上げ、第3話で浅川が不意に遭遇した謎の人物・本城彰(永山瑛太)の素性がはっきりし、さらに真犯人である可能性が浮上する。本城彰は、大門副総理の最大の後ろ盾となっている本城建託の長男であり、“海外留学”という名目で2009年から2017年まで国外にいたが、2008年に起こった井川晴美(葉山さら)殺害事件から2016年に起こった中村優香(増井湖々)殺害事件まで、同様の手口の事件が起こらなかった空白の期間と、すっぽり当てはまるのだった。そして井川晴美殺害事件を追う中で、中村優香が事件前に交流していた「めっちゃ大人の人」が本城彰であることがわかる。優香の遺品から、本城彰から優香がもらったとされるストールを見つけた岸本は、このストールをDNA鑑定にかける。すると、3つの研究機関から、亡くなった晴美のスカートから検出されたDNAと、優香のストールに付着したDNAが同一人物であるという結果が出る。少なくとも井川晴美殺しについては本城彰が犯人の可能性が非常に強く、それはつまり松本死刑囚が冤罪であるということだ。

 岸本がまたしても決定的な証拠を発見したわけだが、立ちふさがったのは“現実”だった。岸本はさっそく報道部に掛け合うが、『ニュース8』ディレクターの滝川雄大(三浦貴大)は「これほど重大なことを、まだ警察が認めてもないのに我々が公表してしまった場合のハレーションの大きさと、責任の重さを考えたらできない」「スクープっていうリスクの高いやり方では報じられない」と逃げ腰の態度。同席した浅川も、これが現実的な判断だとして『ニュース8』で取り上げない方針を受け入れるとした。

 保守的な姿勢に岸本は毒づいて立ち去るが、見かねた浅川は村井を頼り、「週刊潮流」の編集長・佐伯(マキタスポーツ)を紹介してもらう。大洋テレビでこの大スクープが取り扱えないということで、「週刊潮流」の一面で扱ってもらうことになるが、校了というタイミングで事件が起こる。『ニュース8』が未成年売春あっせん事件を報じ、その中で八頭尾山連続殺人事件の被害者・中村優香が従業員リストに名前が載っていると明かしたことで、世間の関心は冤罪云々ではなく、被害者の“デリヘルバイト”に集まってしまったのだ。佐伯はこれを受けて急きょ記事を差し替えることに。さらに数日後、岸本は大洋テレビから突如解雇されてしまう。岸本に50万円をもらって情報提供をした刑事・平川(安井順平)への脅迫の疑いだという。はたしてここから逆転劇は巻き起こるのか。

理想と現実がぶつかる、象徴的なタクシーでの口論シーン

 連続殺人事件の真犯人の正体と冤罪の黒幕に迫ってきた『エルピス』だが、第8話で真犯人を指す物的証拠は見つかった。だが一方で、何者かが岸本を陥れた可能性も出てきた。残り2話で松本死刑囚の冤罪を晴らすに至れるか、そして“黒幕”は誰か明らかにされるのかという点は、エンターテインメント作品としての本作の見どころだが、物語において同じくらい重要なのが、浅川と岸本の関係性だ。

 これまで『エルピス』が丁寧に描いてきたのは浅川と岸本の「連帯」の過程であり、それはすなわち、現実と理想の折り合いの付け方ということではないだろうか。

 思えば、浅川と岸本は互いに引っ張り合うような関係だった。保守的な報道部で自分の言葉で語れないことに失望した浅川は、食事も睡眠もろくに取れない状態になり、『ニュース8』降板後は深夜バラエティで倦んでいた。マイペースで社内事情や人間関係にまったく関心を持たない岸本が松本死刑囚の冤罪容疑について話を持ち込んだときは、距離を置こうとした。だが、岸本の熱意に徐々に浅川は情熱を取り戻し、「飲み込みたくないものは、飲み込まない!」と宣言する。一方で岸本はヘアメイクのチェリー(三浦透子)に脅されていただけだと及び腰になるが、今度は浅川の熱意に巻き込まれる形で岸本も事件追及にのめりこんでいった。2人の「連帯」の過程が物語を動かしていた。

 しかし浅川は、事件の背後にある想像以上の闇におののき、『ニュース8』復帰後は保守的な姿勢を見せるが、岸本は「週刊潮流」に署名記事を出すほどに、何もかもを捨ててもいいという覚悟で臨む。“覚醒”した岸本の活躍が目立つ第5話以降は、岸本のほうが物語の主人公のような存在感を放ち、浅川は煮え切らない態度が増えていった。そして第8話では、浅川と岸本の間にある溝が広がりつつあることがうかがえた。

 人間関係に興味を持たず、世界を複雑怪奇なものと感じている岸本にとって、「飲み込みたくないものは、飲み込まない!」「正しいことなら勝手に味方はついてくるし、道は開けていく」というシンプルな論理で動き、時に岸本に素直に感情をぶつけてくる“かつての浅川”は、“簡単”で、理解しやすい存在だった。今の浅川が“簡単”ではなくなったことで初めて、岸本はその浅川の「簡単さ」に自分が救われていたことを自覚したのだ。

 浅川も、事件追及に関心がなくなったわけではない。だが岸本のように何もかも投げうって挑むことはできない。岸本は「お金持ちのお坊ちゃん」で経済的な不安がなく、養うべき家族もいないからこそ理想を語れるのだと、浅川は冷めた現実を説く。『ニュース8』がリスクのあるスクープは取り扱わないが、後追い報道なら可能というのならば、「週刊潮流」にネタを渡す。浅川は「一筋縄ではいかない」現実に対してそうした妥協を取りながら、打開する道を模索している。岸本の目には、今の浅川はかつてバカにしていた保守的な報道部に飲み込まれ、“大人の事情”に絡めとられているように写っているだろうが、浅川は浅川で、そのなかで闘おうとしているのだ。岸本もそれがまったく理解できないわけではない。だが、「僕が今、『そうっすね、浅川さんも大変っすもんね』って言って、何か変わります? 世界がましになります? 浅川さんの気が楽になるだけですよね」と、いら立ちをぶつけてしまう。今や、複雑怪奇な現実を「飲み込みたくない」のは岸本であり、浅川は現実と理想の折り合いがつく場所を探している。第8話終盤のタクシーでの口論シーンは、『エルピス』が描こうとするものを象徴するシーンではないだろうか。

 浅川の態度にいら立つ視聴者の声もあるが、おそらく浅川は、かつて「正しいこと」を信じて突っ走った結果、松本死刑囚の再審要求が突如棄却されたり、重要な参考人が行方をくらましたり、村井や岸本が飛ばされたりといった結果を招いたことに責任を感じ、慎重になっているのだろう。とはいえ、第9話の予告動画で浅川は、「より適正な報道姿勢の議論をしたいだけです」と訴える一方で、「体がまた、壊れつつある」という不穏なセリフもあり、「飲み込みたくないもの」のためにまた心身のバランスを壊しつつあるようだ。

 分断を経て、浅川と岸本はふたたび連帯することができるのか。そして『エルピス』は現実と理想の折り合いのつけ方をどのように描いていくのか。残り2話、どのようなエンディングへと視聴者を導くのか、注目したい。

■番組情報
月曜ドラマ『エルピス—希望、あるいは災い—
フジテレビ系毎週月曜22時~
出演:長澤まさみ、眞栄田郷敦、三浦透子、三浦貴大、近藤公園、池津祥子、梶原 善、片岡正二郎、山路和弘、岡部たかし、六角精児、筒井真理子、鈴木亮平 ほか
脚本:渡辺あや
音楽:大友良英
主題歌:Mirage Collective「Mirage」
プロデュース:佐野亜裕美、稲垣 護(クリエイティブプロデュース)
演出:大根 仁、下田彦太、二宮孝平、北野 隆
制作協力:ギークピクチュアズ、ギークサイト
制作・著作:カンテレ
公式サイト:ktv.jp/elpis

東海林かな(ドラマライター)

福岡生まれ、福岡育ちのライター。純文学小説から少年マンガまで、とにかく二次元の物語が好き。趣味は、休日にドラマを一気見して原作と実写化を比べること。感情移入がひどく、ドラマ鑑賞中は登場人物以上に怒ったり泣いたりする。

しょうじかな

最終更新:2022/12/27 18:56
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