東出昌大が怪優と化した『天上の花』 「愛ゆえの暴力」はありえるのか?
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恋人を神聖化してしまった詩人の悲劇
本作を撮った片嶋一貴監督は、これまでも『アジアの純真』(11)や『いぬむこいり』(17)などの尖ったインディペンデント映画を放ってきた。鈴木清順監督の晩年の作品『ピストルオペラ』(01)や『オペレッタ狸御殿』(05)もプロデュースしている。切り通しの向こうに異界が待っていた清順監督の代表作『ツィゴイネルワイゼン』(80)と同様に、本作もトンネルの向こう側には「純愛」という名の狂気が待ち構えている。
冒頭で紹介した三好達治の詩「雪」だが、太郎や次郎を眠らせたのは雪ではなく、母親の温かい愛情だとする解釈もある。優しい母親に見守られることで、太郎も次郎も雪の夜に安心して眠ることができる。
そんな心温まる詩を書いた三好だが、彼自身は温かい家庭を知らずに育った。6歳のときに養子に出され、病弱のため実家に一度戻るも、再び家を出されて祖父母が暮らす寺に預けられた。勉強はできたが、家が貧しかったので官費で通える陸軍幼年学校に入学した。
陸軍幼年学校、および陸軍士官学校時代の親友だった西田税は、「昭和維新」を掲げた二・二六事件の首謀者として処刑される。戦時中は国威発揚のために多くの「戦争詩」を書いた三好は、相当のストレスを溜め込んでいたようだ。それゆえに慶子との恋愛に溺れることを、三好は望んでいたのではないだろうか。
原作者の萩原葉子は、叔母・萩原アイの名前を「慶子」にするなど、あくまでもフィクションとして小説『天上の花』を発表している。萩原葉子は幼い頃から三好にかわいがられ、戦後も三好が尽力したおかげで、父・萩原朔太郎が残した詩集の著作権料を受け取ることができるようになった。シングルマザーとなった葉子が作家として活動を始めた際も、三好は励ましている。
萩原葉子にとって、三好達治は恩人であり、作家としての師匠でもあった。その師匠の純粋すぎるがゆえの狂気を描いたのが、『天上の花』だった。
単行本のあとがきに、萩原葉子はこう記している。
「三好さんが生涯かけての最初で最後の恋愛が、わずか十ヶ月で破れてしまったことは、悲惨であった。朔太郎の妹と言うことで神聖化し、ビナスほどに崇めた結果ではないだろうか」
自分の心の中にいる理想の女性を、三好達治は愛してしまった。入山法子演じる慶子が、美しくスクリーンに映し出される。慶子が美しければ美しいほど、この物語の悲劇性はさらに増すことになる。
『天上の花』
原作/萩原葉子 脚本/五藤さや香、荒井晴彦 監督/片嶋一貴
出演/東出昌大、入山法子、有森也美、吹越満、浦沢直樹、萩原朔美、林家たこ蔵、鎌滝恵利、関谷奈津美、鳥居功太郞、間根山雄太、川連廣明、ぎぃ子
配給/太秦 PG12 12月9日(金)より新宿武蔵野館、渋谷ユーロスペース、池袋シネマ・ロサほか全国順次公開
©2022 「天上の花」製作運動体
tenjyonohana.com
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