安全地帯とニューウェイヴ~ファンク~アンビエント 国民的バンドの「先進的」な音楽性に迫る
#玉置浩二 #TOMC
安全地帯流の『ホワイト・アルバム』と、その裏で強まるファンク性
(2/2 P1はこちら)
その後の『安全地帯V』(‘86)では、前作までで確立された「安全地帯のバンドサウンド」の更新を試みるように、ピアノやシンセサイザーなどの鍵盤楽器が多数挿入されているほか、総勢30名を超える国内外の外部ミュージシャンが参加している。中でも、デビューアルバム以来の参加となったキーボードの川島裕二(このアルバムでは「BAnaNA」名義)は、今回アレンジャーとして『安全地帯V』のほぼ全楽曲の編曲にクレジットされており、その貢献は非常に大きいものがある。川島は、安全地帯がデビュー以前から交流がある井上陽水の諸作にもニューウェイヴ~アンビエント~ダブなどの先鋭的な要素をもたらしたが(詳細はこちらの「井上陽水とアンビエント」記事を参照)、このアルバムの多くの曲で聴ける深いリバーブを湛えた幻想的な音像や、パーカッションやブラス隊が活躍するダンサブルな編曲は、彼が呼び込んだ部分も少なからずあるように思える。安全地帯流のザ・ビートルズ『ホワイト・アルバム』あるいはフリートウッド・マック『牙(タスク)』とでも呼びたい今作は、現時点ではなぜか各種音楽ダウンロード・サブスクリプションサービスでは配信されていないが、彼らのサウンドの変遷を語る上では欠かせない、必聴の作品だ。
この『安全地帯V』前後から「チャイナ・ドレスでおいで」(’86年のシングル 「プルシアンブルーの肖像」B面収録曲)や「じれったい」(‘87)など、彼らの楽曲には、よりリズムをアレンジの中心に据えた、ファンク寄りのものが増え始める。その傾向は、玉置浩二のソロデビューアルバム『All I Do』(‘87)やソロシングル「キ・ツ・イ」(‘89)でも見られ、安全地帯~玉置の音楽性を象徴する重要な一要素となっていく。この時期の玉置のステージ衣装やメイクには、同時代にR&B・ロックの垣根を超えて世界的なスターとなっていったアメリカのアーティスト、プリンスとの類似性も見られ、80年代後半の玉置が日本のポップミュージックにおいてさまざまな意味で“セックス・シンボル”的な存在であったことを感じさせる。
こうした先進的なサウンドが絶妙なバランスで織り込まれた彼らの作品群を、安直に「売れ線を狙った、商業的で“非・ロック”的な楽曲」と位置付けるのはどう考えても無理がある。同時代でも頭ひとつ抜けた独創性やクオリティの高さ、さらにはそれをしっかりとセールスに結びつけ、多くのリスナーに届けるのに成功した事実は、どんなに賞賛の言葉を尽くしても足りないほどの偉業だろう。
童謡からベッドルーム・ミュージックまでリンクする玉置浩二の“うた”の魅力
ここで、玉置のソングライティングには、歌謡曲などの大まかなジャンルを超越した、“うた”としての魅力に満ちたおおらかなメロディの魅力があったことも併せて強調しておきたい。「ワインレッドの心」のリリース以前――デビューシングル「萌黄色のスナップ」(’82)はもちろん、アメリカン・ロック色を押し出した「FIRST LOVE TWICE」(82年のセカンドシングル「オン・マイ・ウェイ」B面収録曲)などでも楽しめる、音符を「詰め込みすぎない」譜割りで、玉置は一音一音、一単語、一文字ごと噛みしめるようにはっきりと発声する。こうした歌唱は、どこか童謡・唱歌など、ポピュラー音楽以前から存在していた原初的な“うた”の魅力を伝えてくれるものにも思えてくる。
実際、1985年のライブアルバム『ENDLESS』には童謡「ちいさい秋みつけた」のカバーが収録されており、当人や周囲のバンドメンバー、スタッフにとっても、その魅力には自覚的だったのかもしれない。いずれにしても、ここで強調したいのは、玉置の芳醇なメロディの魅力は生来のものであり、決して「ブレイクのために無理に作曲の方向性を変えた」とまでは言えないのではないだろうか、ということだ。
そうした“うた”の魅力が前述の先鋭的なサウンドアプローチと融合した好例として、ブレイク後の安全地帯には、抑制されたテンションの演奏で滔々と歌われるミディアムテンポの楽曲が多数存在する。「つり下がったハート」(84年作『安全地帯II』収録)、「Happiness」(84年作『安全地帯III ~抱きしめたい』収録)、「デリカシー」(85年作『安全地帯IV』収録)をはじめ、ときにウィスパーに近い歌唱を交えて静かに聴き手の胸に迫る楽曲設計は、スタジアム規模で公演を行えるロックバンドとしては当時、異例のものだろう。むしろクリーンなトーンのギターの音作りも相まって、ブレイク当初のビリー・アイリッシュをはじめ、現代のベッドルーム・ミュージックに近いと感じる瞬間すらある。玉置の歌唱力は現代でもテレビやウェブを通じてしばしば話題になるが、このような“平熱”な歌唱アプローチの楽曲にも今こそ一層光が当てられるべきだろう。
最新シングルではポスト・ロックに通じる「音響派」なアプローチを聞かせる
最後に、現時点での最新リリースにあたる配信シングル「あなたがどこかで」(’22)について触れておきたい。アンビエントを思わせる柔らかなシンセサイザーの導入部がまず印象的だが、注目すべきは、曲の展開に応じて玉置のヴォーカルにかかるリバーブの量がわかりやすく調整されている点だろう。
彼の天性の美しい声を文字通り楽器のように聴かせつつ、そこにザ・バンドのような60~70年代のロックバンドを思わせる、楽器そのものの音色が活かされたスローテンポの芳醇な演奏が交わる。どこか2000年前後に国内外のインディ・ミュージック界を中心に流行した「ポスト・ロック」を連想させる、真の意味で「音響派」とも呼びたくなるサウンドだ。デビュー40周年を迎えた安全地帯は、今なお貪欲に進化し続けている。
♦︎
本稿で紹介した楽曲を中心に、安全地帯のサウンドの先進性を感じさせる楽曲をまとめたプレイリストをSpotifyに作成したので、ぜひご活用いただきたい
B’z、DEEN、ZARD、Mr.Children、宇多田ヒカル、小室哲哉、中森明菜、久保田利伸、井上陽水、Perfume、RADWIMPS、矢沢永吉など……本連載の過去記事はコチラからどうぞ
RADWIMPSが「人間ごっこ」に至るまで 電子音楽やトラップも飲み込むバンドの進化
ビート&アンビエント・プロデューサー/プレイリスターのTOMCさんが音楽家ならではの観点から、アーティストの知られざる魅力を読み解き、名作を深堀りしていく本連載〈ALT V...Perfume「Spinning World」 US市場との同時代性と“シティポップ的”音楽の未来
ビート&アンビエント・プロデューサー/プレイリスターのTOMCさんが音楽家ならではの観点から、アーティストの知られざる魅力を読み解き、名作を深堀りしていく本連載〈ALT V...なぜ井上陽水の詞は“シュール”なのか 「陽水節」が生まれるまでの変化と挑戦
ビート&アンビエント・プロデューサー/プレイリスターのTOMCさんが音楽家ならではの観点から、アーティストの知られざる魅力を読み解き、名作を深堀りしていく本連載〈ALT V...サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事