『鎌倉殿』の政子は「悪女」にならない? 史実の「嫉妬の怪物」ぶりとのギャップ
#小池栄子 #鎌倉殿の13人 #大河ドラマ勝手に放送講義
──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ
『鎌倉殿の13人』は先週はお休みで、代わって特別番組『鎌倉殿の13人 応援感謝!ウラ話トークSP』が放送されました。小栗旬さんら俳優陣が撮影中のウラ話やこれからの見どころを語るこのトーク番組の中で特に興味深かったのは、脚本の三谷幸喜氏が、「(自分には)どうしても北条政子が悪女に見えない」と熱弁し、ドラマの政子は「悪女にならない」と明言した場面でした。三谷さんが「政子推し」なのは、『鎌倉殿』の政子が名実ともに「ヒロイン」の一人として位置づけられ、苦労したぶん成長する常識人として描かれているのを見るとよくわかります。
小池栄子さんの熱演もあって、ドラマの政子像に筆者も慣れ親しみすぎていましたが、いざ改めて史料の中での政子の悪女ぶりを確認すると、ドラマとの落差にめまいを感じてしまったほどでした。今回は改めて北条政子の「悪女伝説」をひもといていきたいと思います。
「悪女」であるかどうかは、この言葉をどう定義づけるかによるでしょうが、史料上の北条政子は少なくとも、すさまじい激情家であったと思われます。
特に政子は、頼朝に対し「自分のことだけを見てほしい」と言わんがばかりの言動を続けていたことが『吾妻鏡』からはうかがえます。それだけならまだ可愛らしいといえるでしょうが、政子の場合、頼朝の浮気について、浮気性の本人ではなく、彼から寵愛を受けた女性や、彼女が産んだ子供たちのほうを激しく迫害する悪癖がありました。
本連載の中でも何度か触れたとおり、政子は頼朝の愛人・亀の前が住む家を御家人に命じて潰させていますし、それ以外にも多くのエピソードがあり、だいぶ「やらかしている」印象は拭えません。史実の政子を例えるなら「嫉妬の怪物」というワードが脳裏をよぎります。彼女の嫉妬にまつわるエピソードは『吾妻鏡』に散見され、政子が嫉妬深いということは鎌倉幕府による公認情報なのですね。
ドラマには登場しませんでしたが、頼朝には文治2年(1186年)2月26日生まれの貞暁(じょうぎょう)という男の子がいました。この時、すでに政子は長男・頼家を授かっています(貞暁は頼家の4歳年下)。貞暁の母親は藤原(常陸介)時長の娘で、大進局といいました。大進局は、女房として御所に出仕している時に頼朝と恋仲になったようです。
貞暁という名前は、彼が出家した後に授かったものです。『吾妻鏡』において彼のことは「若公(わかぎみ)」とだけ表現されており、頼朝の子なのに名前さえ伝わっていないのはさすがに異常ではないでしょうか。
当時は結婚したからといって貴人の正室になれるとは限りません。対等な家同士で結婚をした女性が「室」と呼ばれるのに対し、高貴な男性と結ばれた身分違いの女性は「妾(しょう)」と呼ばれ、伊豆の小豪族にすぎない北条家の娘である政子は後者に該当するという話は以前にもしましたが、身分の高い男性は、正室の実家から支援を受けて生活するものだとされていたので、頼朝の傍に政子よりも生まれ育ちが良い女性が現れると、政子の立場はなくなるのです。それゆえ、頼朝に他の女性ができるたび、彼女は過剰な嫉妬と対抗心を燃やしつづけたのでしょう。しかし、そんな政子のことを、周囲は完全に“腫れ物扱い”していたのでした。
大進局が頼朝の子を妊娠したと知った政子は激怒しました。それゆえ、貞暁のお産に至るまでのあらゆる行事、儀礼の類はすべて自粛せねばなりませんでした。これは当時の上流階級としては異例です。
出産場所も、おそらく政子(の手の者)に襲撃されぬよう、長門景遠という御家人の邸宅となりました。しかし、長門が大進局を匿い、彼女が無事出産したことが政子の耳に届くと、責任を問われてしまったのでしょう、彼は「若公(=後の貞暁)」を守るために深澤という地に隠居せざるをえなくなりました。頼朝の「若公」に乳父母をつけようにも、政子の嫉妬の炎が自分にまで及ぶのを恐れてしまい、誰が担当するか決まらないという苦労もありました。
その後、政子からあまりに憎まれすぎている「若公」は、関東にいることが難しいと判断されたのでしょう、建久3年(1192年)、京都の隆暁法印という高僧を頼って上洛することになりました。そして建永元年(1206年)、仁和寺御室で出家します。2年後には高野山になぜか移っていますが、これは(政子の意を受けた)北条義時からの迫害を逃れるためだったといいます。僧に手をかけることは道義上の大罪となりますが、政子の実弟である義時ならやりかねないと考えられていたのかもしれません。(1/2 P2はこちら)
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