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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.706

阿部サダヲ主演の痛快コメディと思いきや…孤独死を描く『アイ・アム まきもと』

オリジナル版とは異なる主人公のキャラクター造形

阿部サダヲ主演の痛快コメディと思いきや…孤独死を描く『アイ・アム まきもと』の画像3
塔子(満島ひかり)の複雑な心情を、牧本は察することができない

 オリジナル版『おみおくりの作法』とストーリー展開はほぼ同じだが、いちばん大きな違いは主人公のキャラクター造形だろう。オリジナル版の主人公ジョン・メイ(エディ・マーサン)も独身の中年男性だったが、あくまでも伝統を重んじる物静かな英国紳士だった。対する阿部サダヲ演じる牧本は、かなりの変人となっている。犯罪ミステリー『死刑にいたる病』(22)やNHK総合で今年放送された連続ドラマ『空白を満たしなさい』で阿部が演じた役も難役だったが、今回の牧本役も演じるのは容易ではないキャラクターだ。

 牧本は場の空気を読むことができず、自分の考えを曲げることなく押し進める。他人から自分がどう見られているかは気にしないが、他人の気持ちを察することもできない。自分が担当する仕事への集中力はすごい反面、周囲への迷惑までは考えが及ばない。タイトルから、ショーン・ペンが知的障害を持つ父親を熱演した『アイ・アム・サム』(01)を連想する人もいるだろう。公式サイトなどには明記されていないが、おそらく牧本は軽度の発達障害を持つキャラクターとして造形されているのだろう。

 牧本は新しい局長・小野口や初めて会う人たちとは、なかなかうまくコミュニケーションを取ることができない。牧本とは付き合いの長い直属の上司(篠井英介)によると、「おみおくり係」は牧本の特性を活かすために設けられたセクションだそうだ。生きた人間とのコミュケーションは不得手な牧本だが、亡くなった人のことを彼は思いやることができる。

 牧本は得難い才能の持ち主だと言えるだろう。だが、英国で製作されたオリジナル版とは違い、主人公を変人キャラに設定にしないと、今の日本ではこの物語は成立しなかったと考えることもできる。英国以上に、日本社会の余裕のなさ、やるせなさを感じずにはいられない。

 坪倉由幸が演じる新局長の小野口と牧本との間でやりとりが交わされるシーンが印象に残る。

小野口「葬儀というのは結局、遺族のためのものですよ」
牧本 「亡くなられた方の想いは?」
小野口「ありません。死んだら、すべてなくなるんです」
牧本 「……私はそうは思いません」

 亡くなった故人のために、葬儀を行なう。そんな当たり前のことをすっかり忘れてしまった現代社会を、本作は静かに、アイロニカルに笑ってみせる。そして、見終わった後の読後感は、決して悪くはない。劇場に足を運んだ人はそんな意外さに、もう一度驚くことになるだろう。

『アイ・アム まきもと』
原作/ウンベルト・パゾリーニ 脚本/倉持裕 監督/水田伸生
出演/阿部サダヲ、満島ひかり、宇崎竜童、松下洸平、でんでん、松尾スズキ、坪倉由幸、宮沢りえ、國村隼
配給/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント 9月30日(金)より全国ロードショー
©2022 映画『アイ・アム まきもと』製作委員会
iammakimoto.jp

【パンドラ映画館】過去の記事はこちら

最終更新:2022/09/29 19:00
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