「彼女は私だ」幡ヶ谷バス停殺人事件をモチーフにした劇映画『夜明けまでバス停で』
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「彼女は私だ」
2020年11月16日未明に渋谷区幡ヶ谷のバス停で起きた暴行致死事件のあと、そんな声がSNSに上がった。NHK総合のドキュメンタリー番組『事件の涙』が亡くなった大林三佐子さんの生前の足取りを伝えると、その声はより大きく広がった。コロナ禍で仕事と居場所を失った大林さんは、バス利用者の邪魔にならないよう、運行を終えた後の深夜のバス停で過ごしていたところ、男に頭を殴打されて64歳の生涯を閉じることになった。板谷由夏主演、高橋伴明監督による映画『夜明けまでバス停で』は、大手メディアが「女性ホームレス殺害事件」と報じたこの事件をモチーフにした社会派ドラマとなっている。
バス停で亡くなった大林さんは広島市で生まれ、地元の短大に通いながら劇団員として活動していた。アナウンサーや声優になることを夢みていたそうだ。結婚を機に上京するも、夫の暴力が原因で離婚。一度は実家に戻ったが、しばらくして再び上京し、東京でひとり暮らしを続けた。企業に勤めたこともあるが、体調を崩して退職。派遣スタッフとして、デパートやスーパーマーケットの食品売り場の試食販売員を務めるようになった。明るい性格で、職場仲間から慕われていた。
短期間での派遣労働という厳しい状況に、コロナ不況が追い討ちを掛けた。店頭販売の仕事はなくなり、家賃を滞納した大林さんはアパートを出ることになる。埼玉県に弟がいたが、路上生活者になったことは最期まで伝えることができずにいた。ギリギリの生活を送りながらも、大林さんは仕事が入ると税金などの支払いを続けていた。亡くなった時、彼女の所持金はわずか8円だった。
大林さんを襲ったのは、近くに住む当時46歳の男性で、かつて引きこもりを経験するなど、社会的コミュニケーションをうまくできない問題を抱えていたようだ。父親を亡くした後は、酒屋を営む高齢の母親を手伝いながら、近所の清掃をボランティアで行なっていたという。彼のある種の潔癖さを求める性格が、深夜のバス停に佇む大林さんを異物と見なし、死に至らしめることになる。
加害者である男性は、事件から5日後に母親に付き添われて警察に出頭したが、仮釈放中に自殺を遂げている。やり切れなさだけが残る事件だった。
社会的弱者がより弱者を排除しようとした、そんな痛ましいこの事件を映画化したのは、『TATTOO〈刺青 〉あり』(82)や『 BOX 袴田事件 命とは』(11)など実在の事件を題材にした作品を手掛けてきた高橋伴明監督だ。彼女がもしも一冊の本と出会っていたら、別の人生を歩んでいたのではないか、というフィクションドラマとして成立させている。(1/3 P2はこちら)
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