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日刊サイゾー トップ  > 『鎌倉殿』の「りく」は稀代の悪女となるか
歴史エッセイスト・堀江宏樹の「大河ドラマ」勝手に放送講義

『鎌倉殿』の「りく」=牧の方は稀代の悪女? 史実の平賀朝雅は義時にハメられた?

「牧の方」のその後と、マクベス夫人を思わせる「りく」

『鎌倉殿』の「りく」=牧の方は稀代の悪女? 史実の平賀朝雅は義時にハメられた?の画像2
りく(宮沢りえ)と北条時政(坂東彌十郎)|ドラマ公式サイトより

 同月26日の早朝、鎌倉から派遣された武士たちが「院の御所」、つまり後鳥羽上皇の住まいに押しかけました。彼らは、平賀朝雅を謀反の罪で処刑する旨を上皇に承認してもらうため、鎌倉の実朝からの書類を預かっていたのでした。

 殺される直前の朝雅の行動については、天皇の御所にて絵を見ていた(『明月記』)、もしくは上皇のもとで囲碁会に参加していた(『吾妻鏡』)など情報が錯綜していますが、その場を暇乞いして離れ、そのまま二度と戻ることはなかったそうです。時政夫妻は出家と謹慎だけで済んだのに、朝雅は処刑されてしまうとは不幸な最期でした。平賀朝雅は、彼の先祖が源頼朝と同じ河内源氏の一族であるがゆえに、父親の代から鎌倉で優遇されてきました。しかし朝雅の場合、時政と牧の方夫妻と関係を深めてしまったことが、運の尽きだったといえるでしょう。

 それにしても、執権として御家人の頂点にまで立った時政は、なぜ妻である牧の方の言葉にそこまで耳を貸してしまったのでしょうか。中世の武士社会において、当主の正室などのしかるべき立場の女性の発言権はそこまで低いものではなかったのは確かですが、それにしても『吾妻鏡』はあまりに牧の方を「主犯」として描きすぎている感があります。

 鎌倉時代後期、当時の北条家の手で成立したとされる『吾妻鏡』は鎌倉幕府の公式史であると同時に、北条家の先祖たちを礼賛する書でもあります。それゆえ、北条家の当主だった時政の罪と責任を、その正室・牧の方と「共犯」にすることで減らそうとしたと考えることもできます。その一方、「悪妻にそそのかされ続けた、実に情けない男」として時政を描き、どうしようもない父親だったからこそ追放せざるをえなかったとして、義時の「(親)不孝の罪」を軽く見せようとした……と見ることもできるでしょう。

 ドラマでは、野心をのぞかせる場面はあっても、これまでは冷静沈着だったりく(牧の方)ですが、愛息・政範を失ってからは、いかにも怪しい立ち居振る舞いの平賀朝雅の讒言を簡単に信じてしまったり、自分たちの権力の座がいつ他人に奪われてしまってもおかしくはないとヒステリックな態度を見せたりする“変化”を見せ、驚かされるものがありました。頼朝とも対等に話していた普段の彼女であれば、もっと全体を俯瞰できていたはずなのに……という違和感もありました。この極端な変化の理由もドラマで描かれることになるのでしょうか。

 『鎌倉殿』は、弱気な夫を叱咤し、何度も罪を犯させたマクベス夫人(シェイクスピア『マクベス』)のようにりくを描いていることは当初から明らかでしたが、宮沢さんが熱演してきたりくが、どのようにドラマから退場していくのかは、マクベス夫人のたどる道を考えると少々恐ろしくもあります。

 史実では、平賀朝雅の妻だった娘(ドラマでは八木莉可子さん演じる「きく」)が京都の公家・藤原国通と再婚し、牧の方は時政が亡くなると、この娘夫婦を頼って当地に移住したそうです。謀反の疑いのあった平賀朝雅と結婚していた娘によくすぐに再婚相手が見つかったものだな、と思われるかもしれませんが、当時の京都の人々は、朝雅は濡れ衣を着せられただけと考えていたのではないでしょうか。

 藤原定家の『明月記』に見られる「牧氏事件」の記述を言葉を補って紹介すると、「義時が時政に背き、将軍母子(=実朝と政子)と同心して継母の党(=平賀朝雅)を滅ぼした」とあります。時政夫妻と平賀朝雅は、実朝を味方につけた北条義時によるクーデターの犠牲になったのだという見解を「或説(あるせつ)」として紹介しているのです。朝雅未亡人だった牧の方の娘がスムーズに公卿と再婚できたのも、京都の上流社会の理解と同情を受けてのことかもしれません。

 この「牧氏事件」は、北条家の子孫たちの間に暗い影を落とし続けました。温和な人柄で知られた泰時ですら、時政は自分の祖父であるにもかかわらず、実朝を暗殺しようとした犯人だからという理由で供養を拒絶しており、その姿勢は子孫たちにも引き継がれたそうです。

 最後に……次回・第37回のタイトル「オンベレブンビンバ」ですが、「外国語では?」といぶかる人たちの姿が目立ちました。かつて三谷幸喜さんが「義時は映画『ゴッドファーザー』のマイケル・コルレオーネ」だとコメントしたことが影響したのかもしれません。ただ、「オンベレブンビンバ」は外国語ではなく、三谷さんの造語だと筆者には思われます。第35回に登場した大竹しのぶさん演じる「歩き巫女」が再登場し、なにか祈祷でもするのではないでしょうか。果たしてどうなるか、楽しみです。

<過去記事はコチラ>

堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2023/02/21 12:28
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