『復讐は私にまかせて』男性優位主義的な価値観を塗り替えるバイオレンス奇譚
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男性優位社会に対するアンチテーゼ作
インドネシアでは著名なベストセラー作家のエカ・クルニアワンと共同で脚本を執筆したのは、同じくインドネシア出身のエドウィン監督。1978年生まれのエドウィン監督によると、少年時代はマチズモ的な男性主人公が活躍する物語や神話がとても身近だったそうだ。
「男性優位主義の名のもとに、暴力が日常的に横たわっていた」とエドウィン監督は少年期を語っている。そんな男性優位社会や家父長制度の価値観に対するアンチテーゼとして製作されたのが本作だった。ディーン・フジオカ主演作『海を駆ける』(18)の撮影でインドネシアに滞在していた芹澤明子に、参加を求めたのもエドウィン監督だった。
やがて、イトゥンがアジョに惹かれた理由も明かされる。アジョだけでなく、イトゥンもまた思春期の頃にトラウマ的事件に遭っており、セックスに対する嫌悪感を持つようになっていた。今年5月に公開された、広瀬すずと松坂桃李との共演作『流浪の月』との共通項も感じさせる。ハードなアクションシーンを挟みながら、物語は想像もしなかった方向へと転んでいく。
物語の後半、イトゥンと別れ、孤独な旅を続けるアジョは、不思議な女性・ジェリタ(ラトゥ・フェリーシャ)と出会う。このジェリタは人間を超越した、マジックリアリズム的な存在となっている。ジェリタの持つ不思議な力によって、アジョとイトゥンの運命は再び大きく変わっていく。
冒頭で紹介したネルーの言葉には続きがある。
「愛は平和ではない。愛は戦いである。武器の代わりが誠実であるだけで、それは地上における最も激しい、厳しい、自らを捨ててかからねばならぬ戦いである。我が子よ、このことを覚えておきなさい」
マチズモ的世界の権化のような梶原一騎が生み出した70年代の名作漫画『愛と誠』の主人公たちは、お互いにボロボロに傷つきながらも、最後の最後に結ばれ、暴力まみれの純愛物語の幕は閉じた。だが、インドネシアで生まれたこの物語の行方は、容易には想像できない。旅先で耳にした、異国の神さまたちが織りなす冒険とロマンスのような不思議な情感が残る作品となっている。
物語のテンポやストーリー展開が日本のドラマやハリウッド映画とはずいぶん異なるが、インドネシアから新しい波がやってきたことを強く感じさせる。
『復讐は私にまかせて』
監督・脚本/エドウィン 脚本/エカ・クルニアワン 撮影/芹澤明子
出演/マルティーノ・リオ、ラディア・シェリル、ラトゥ・フェリーシャ、レザ・ラハディアン
配給/JAIHO 8月20日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
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