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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム >  パンドラ映画館  > 格闘夫婦による愛と復讐のストーリー
深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.699

『復讐は私にまかせて』男性優位主義的な価値観を塗り替えるバイオレンス奇譚

勃起不全に悩む夫に代わって、復讐代行する妻

『復讐は私にまかせて』男性優位主義的な価値観を塗り替えるバイオレンス奇譚の画像2
新婚生活中のアジョとイトゥン。セックス抜きでも幸せに暮らしていたが……

 セックスはしなくても、アジョとイトゥンは相思相愛で平穏に暮らしていた。だが、2人の仲を引き裂こうとする者が近づく。イトゥンの幼なじみであるブディ(レザ・ラハディアン)は言葉巧みにイトゥンを誘惑し、無理やり犯してしまう。やがて、イトゥンが妊娠したことを知ったアジョは、「尻軽女!」という言葉を浴びせ、再び暴力三昧の生活へと戻る。

 怒りに身を任せ、アジョは委託殺人を請負い、刑務所送りとなる。子どもを産んだイトゥンも、自分をレイプしたブディを殺害する。そして、イトゥンの激情はそれだけでは収まらなかった。アジョが勃起不全になった原因は、「日食の日」に遭遇した2人組の軍人による性的虐待のせいだった。その犯人を見つけ出し、アジョに代わって復讐を遂げる。それがイトゥンにできる、夫・アジョに対する最大の愛情表現だった。

 アジョとイトゥンの夫婦はセックスで繋がることはなく、社会的モラルや法律から逸脱した行為で深く結ばれることになる。フィクションの世界だから許される、誤った愛のかたちが結晶化されていく。生まれた子どもを育てることよりも、夫のための復讐を優先するイトゥン。歪んだ愛が、暴走していく。テレンス・マリック監督のデビュー作『地獄の逃避行』(73)やクエンティン・タランティーノ脚本作『トゥルー・ロマンス』(93)のように、愛し合う主人公たちの行動が間違っていればいるほど、物語は歪んだ輝きを放つことになる。

 本作の舞台となっているのは、1980年代のインドネシアだ。スハルト大統領による長い長い軍事独裁政権が続く時代だった。ドキュメンタリー映画『アクト・オブ・キリング』(12)では、スハルト政権に雇われた街のゴロツキたちが共産党員やその関係者たちを次々と虐殺して回ったことが明かされていた。犠牲者の数は100万人に及ぶと言われている。暴力がはびこる、血生臭い時代にアジョとイトゥンは育った。

 夫が勃起不全で悩み、頼まれてもいないのに妻がその復讐を代行する。従来の男性主体のヒロイックなアクション映画とは、一線を画する作品だと言えるだろう。16ミリフィルムによる撮影を担当したのは、ベテランカメラマンの芦澤明子。『岸辺の旅』(15)や『旅のおわり世界のはじまり』(19)などの黒沢清監督とのタッグ作で知られている。『岸辺の旅』も妻(深津絵里)が死んだ夫(浅野忠信)と共に旅をする奇妙なロードムービーだった。夫婦を結びつけるのは、必ずしもセックスや子ども、経済力だけではない。(2/3 P3はこちら

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