『鎌倉殿』とは大違い、史実では「悪禅師」だった全成がたどる非業の死
#鎌倉殿の13人 #大河ドラマ勝手に放送講義 #新納慎也
──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ
次回の第30回は「全成の確率」ということで、阿野全成(新納慎也さん)の退場回となりそうですね。「確率」といえば、ドラマの全成は以前、「私の占いが半分しか当たらないのは知ってるだろ!」と言っていました。陰陽師の世界では、占いが7割も当たれば「神業」とされ、安倍晴明の子孫にあたる安倍泰親(やすちか)という人物に至っては、8割の的中率を誇り、「晴明の生まれ変わり」と称賛されていたほどです。全成は僧であり、陰陽師とは勝手が異なりますし、占いと呪詛もまた別の能力かもしれませんが、占いが半分も当たるのなら、全成のスピリチュアルな能力は悪くはないレベルといえるでしょうし、呪詛もそれなりに効きそうではあります。
しかし、『鎌倉殿』の全成は何かを決断した時、それが良くない方向に転ぶ確率のほうが高かった気がします。頼家(金子大地さん)は、古井戸に転落したところを義時(小栗旬さん)と共に救ってくれた全成に少し心を開きかけていましたが、そんな全成が実は自分を呪っていたと知ったら……大変なことになるのは目に見えていますよね。
ドラマでは、時政(坂東彌十郎さん)・りく(宮沢りえさん)夫妻から頼家を鎌倉殿の座から追い落とすための呪詛を任されてしまった全成が、呪いの人形(ひとがた)を頼家の御所の床下に配置したものの改心し、回収して回ったけれど、いつもの脇の甘さが災いし、ひとつだけ置き忘れてしまった……という描写が出てきました。
そういう話が本当にあったという記録はないものの、面白い演出だったと思います。史実では、頼家は全成を謀反の疑いで吊し上げ、粛清してしまいますが、全成を選んだのは、以前からくすぶらせていた「反・北条家」の気持ちをはっきりと示すためで、犠牲になるのが全成であれば、その場で北条家が全面戦争を仕掛けてくるようなことはないだろうと踏んでいたからかもしれません。
北条家に見捨てられた「悪禅師」全成
実際、全成が捕らえられてから刑死するまで1カ月ほども時間があったというのに、全成の罪を軽くさせるとか、彼を奪還するような動きを北条家が見せた形跡はありません。全成が謀反の罪を被せられたまま殺された一方で、彼の妻だった阿波局は、全成と共謀したとの疑いに対し北条政子が「全成が女性に計画を話すはずがない」などと断言し、頼家側からの引き渡し要求をはねつけたため、助かりました。
全成に明らかに非があるドラマの呪詛事件は、史料上は謎というしかない「なぜ北条家は全成事件で動かなかったのか(=動けなかったのか)」を説明するためのエピソードと思われますが、史実の全成は、甥の頼家からは軽んじられ、義実家であるはずの北条家からも特に救援もないまま見捨てられてしまったことがうかがえる、酷い最期を迎えたのです。
そもそも史実の全成は、ドラマのように気が弱い、お人好しのお坊さんというわけではまったくありませんでした。鎌倉幕府の公式史『吾妻鏡』の中では「醍醐禅師」などと雅びな名前で呼ばれていますが、実際の彼は僧の姿をしているだけの荒くれ武者、あだ名も「悪禅師」として京都方の史料に登場するような人物でした。
『平治物語』などの歴史物語だけでなく、九条兼実の日記『玉葉』にも「悪禅師」と記されていますから、それが世間に浸透した呼び名であり、その名前にふさわしい言動の人物だったと推察されます。当時の「悪」という漢字の使い方は必ずしも「悪人」というわけではなく、「能力値は高いけど、クセが強い」などのニュアンスが濃厚だったりするのですが。(1/2 P2はこちら)
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