人間を本能に忠実にさせる感染症が蔓延! 台湾発のR18ホラー『哭悲/THE SADNESS』
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台湾の人たちが怯える恐怖のメタファー
ジョージ・A・ロメロ監督の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(68)はゾンビ映画の聖典として祀られ、その後のゾンビ映画では、ゾンビウイルスに感染した人間は一度死んでからゾンビとして甦る……というのがお約束となっている。だが、カナダ出身、台湾を拠点にして活動する新鋭ロブ・ジャバズ監督は、人間が生きたままモンスターへと変貌する恐怖を描いている。専門家たちによって「アルヴィン」と名付けられたウイルスに感染した人たちは、意識を持ってはいる。動きも機敏だ。しかし、普段は理性で抑えていた欲望や潜在意識を、感染者は制御することができない。
感染者たちはひと筋の涙を流した後、本能のおもむくままに暴れ回る。男を見つければ凶器を手に襲い、女性を見つければ無理やり陵辱しようとする。あの穏やかな街・台北はもはや阿鼻叫喚地獄だった。
アルヴィンウイルスに感染し、本能むき出しとなった中年サラリーマンは、カイティンを追い詰めていく。邪魔しようとする者は、傘で目玉を突き刺し、噛みつき、消火用の斧を使って、虫けらのように排除する。自制心を失い、怒りと性欲に身を任せた中年サラリーマンほど、恐ろしいものはない。
近年のゾンビ映画の傑作として、韓国映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』(17)が挙げられる。ゾンビ映画に列車パニックを融合させた手腕が鮮やかだった。また、『新感染』には北朝鮮といつ戦争が始まるのか分からないという、韓国の人たちが抱える心理的な恐怖が根底に流れていた。群れをなして襲ってくるゾンビたちは、北朝鮮軍の暗喩でもあった。
台湾映画『哭悲』の場合は、やはり海を挟んだ大国・中国に対する警戒心が恐怖のメタファーとなっているようだ。韓国と北朝鮮と同じように、同じ民族同士ながら台湾と中国の間には、いつか戦争が勃発するのではないかという潜在的恐怖が存在する。九州ほどの大きさの台湾島は、もし戦争が始まれば、瞬く間に島全体が戦火に覆われることになる。
本作で描かれる恐怖のメタファーは、中国だけではない。劇中、台湾国防部による緊急メッセージがテレビで流されるシーンがある。軍人たちが物々しくカメラに映し出され、国防部のリーダーは「軍民諸君」と視聴者に呼びかける。どうやら本作で描かれている台湾は、新型コロナウイルスを見事に防いだ現実の台湾ではなく、一党独裁政治が今も続くもうひとつの台湾らしい。
一党独裁時代の台湾は、1987年まで戒厳令が敷かれ、民主的思想の持ち主は次々と逮捕され、獄中送りとなって処刑された。ホラー映画『返校 言葉が消えた日』(21)がモチーフにした「白色テロ」に、台湾市民は怯え続けた。
また、日本が統治する以前、清朝時代の台湾は、マラリアやコレラなどの感染症がとても多いことでも恐れられていた。民主化に成功し、新型コロナウイルスも押さえ込んだ「美しい島」台湾の、忌まわしい暗黒時代を本作は蘇らせる。劇中のアルヴィンウイルスは人間の本能を暴くだけでなく、国家や社会の暗部さえもむき出しにしてしまう。(2/3 P3はこちら)
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