阪本監督が撮った伊藤健太郎の復帰作『冬薔薇』 現実認識の甘かった男の行く末は?
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若手俳優・伊藤健太郎の映画復帰作として注目を集めているのが、阪本順治監督のオリジナル脚本作『冬薔薇(ふゆそうび)』だ。寒い時期に咲く冬薔薇は、一見すると華やかだがどこか寂しげな雰囲気も感じさせる。2020年10月28日に乗用車でバイクとの衝突事故を起こした伊藤健太郎にとって、事故直後の11月6日に公開された『十二単衣を着た悪魔』(20)以来となる2年ぶりの映画主演作となる。
不起訴処分になったとはいえ、人身事故を起こした伊藤健太郎に対し、「芸能界への復帰が早すぎる」という声もおそらく上がるだろう。だが、過去をなかったことにしてしまう、安易な復帰作にはなっていない。目の前にある現実を直視できず、面倒なことから逃げ続けてきたために大きな代償を支払うはめになる主人公を、伊藤は繊細に演じている。脇を固める小林薫、余貴美子、石橋蓮司、眞木蔵人らとのやりとりも見応えのある、社会派ドラマだ。
物語の舞台となるのは、神奈川県の港町・横須賀。主人公は25歳になる専門学校生の淳(伊藤健太郎)。淳は服飾の専門学校に籍を置いているが、授業には出ず、美崎(永山絢斗)や玄(毎熊克哉)たち地元の不良グループとつるみ、目先の刺激だけを追い求める毎日を送っていた。
父親の義一(小林薫)と母親の道子(余貴美子)は小さな海運業を営んでいるものの、不景気の波に煽られ、義一が船長を務めるガット船は今にも沈没してしまいそう。幼い頃に兄を事故で失っていた淳は、ずっと放任状態で育てられてきた。ケンカで足を負傷した淳は不良グループを離れ、真面目に服飾デザインの道を考えるようになる。だが、それまでさんざん放蕩生活を送ってきた息子に対し、義一は「滞納していた授業料は、自分でどうにかしろ」と突き放す。
せっかく更生しようとしていたのに、いちばん身近な存在である家族が息子を信用せず、本人のやる気を削いでしまう。淳の人生は、ずっとこの繰り返しだった。専門学校に通えば服飾デザイナーになれるという、自分の考えの甘さを棚に置き、周囲のサポートがないこと、地元の環境がよくないことに責任転嫁してきた。その結果、安易な選択を選び続けた淳の人生は、どんどんダメなほうへと転がっていく。
どうして同じ血の流れる家族は、肝心なときに思いやりのある言葉を与えず、余計なことしか口にしないのだろうか。「お前にできっこない」「無駄なことはやめとけ」。そんな言葉で、やる気を失わせてしまう。会話があるなら、まだマシなのかもしれない。コミュニケーションが途絶えて機能不全状態に陥った、どこにでもある崩壊寸前の家族の姿を、阪本監督はありありと描いてみせる。
「伊藤健太郎で一本撮ってみませんか」というオファーを受けた阪本監督は、まず伊藤に会って、彼の生い立ちから、交友関係、そして事故に関することまで、あらゆることを聞き出したそうだ。その上で脚本を執筆している。父親とうまく会話ができなくなったエピソードなどは、伊藤自身の体験に基づいたものらしい。14歳のときにモデルデビューした伊藤だが、もしも芸能界に入っていなかったら、淳のような人生を歩む可能性もあったのだろうか。(1/3 P2はこちら)
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