阪本監督が撮った伊藤健太郎の復帰作『冬薔薇』 現実認識の甘かった男の行く末は?
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まっとうな人間関係を築けずに大人になった主人公
阪本順治監督はデビュー作『どついたるねん』(89)から一貫して、社会のレールから外れてしまった人たちを撮り続けている。社会のレールから外れた人間の、むき身の姿がスクリーンにさらけ出されてきた。現役復帰を諦めない元ボクシング世界王者・辰吉丈一郎を追い続けたドキュメンタリー映画『ジョーのあした 辰吉丈一郎との20年』(15)、海外派遣から帰国した自衛官たちがPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみ、自殺が多いことに言及した『半世界』(19)は、とりわけ強い印象を残す。
現実世界に居場所を見つけることができない者たちは、どうやって生きていけばいいのか。ままならない世の中を、淳は要領よく軽快に生きていこうとするが、それは他者から見れば地に足の着かない生き方でしかない。
学費を自分で稼がなくてはならない淳は、年上の女性・多恵子(和田光沙)に近づく。松葉杖状態の淳と懇意になった多恵子は、服飾デザイナーを目指しているという淳に対し、経済的なサポートを申し出る。多恵子をラブホに連れ込むことに成功した淳にしてみれば、うまく年上の女を引っ掛けてやったつもりだろうが、世間はそう甘くはない。
淳とラブホでの逢瀬を過ごす多恵子を演じる女優・和田光沙が、短い出番ながら出色の演技を見せている。艶っぽい女の顔とキャリアウーマンとしてのキリッとした顔をうまく演じ分け、世の中を舐めきっている淳の底の浅さを浮き彫りにしてみせる。『岬の兄妹』(19)や『由宇子の天秤』(21)でも名演を見せていた和田は、これからさらに活躍の場を広げるに違いない。役の大小に関係なく、ひとつひとつの役を自分のものにし、確実に俳優としてキャリアアップしつつある和田には好感を覚える。
多恵子は、淳のことを「誰にもかまってもらえず、かわいそう」と言う。淳が自分から誰かに近づくと、距離を置かれてしまう。逆に淳が距離を置くと、誰も近づいてこないと。まっとうな人間関係を築くことができないまま、淳は大人になってしまった。淳がもっと本気で多恵子と付き合っていれば、違った局面が開けたのかもしれない。
いつしか、この映画の主人公・淳=伊藤健太郎ではなく、ディープな人づきあいはなるべく避けてきた自分自身の物語になっていることに気づく。面倒なつきあいは嫌だが、ひとりぼっちも嫌。そんな矛盾した葛藤を、誰もが抱えているのではないだろうか。寂しいのは淳だけではない。映画を観ている観客自身も、どこか心に空虚さを感じながら生きているのだ。(2/3 P3はこちら)
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