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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム  > 中森明菜の自己プロデュース力と『不思議』
あのアーティストの知られざる魅力を探る TOMCの<ALT View>#13

中森明菜 異端の名盤『不思議』と「明菜流ニューウェイヴ」を生んだ自己プロデュース力

異端の名盤『不思議』と、時を超えるその“不思議”な魅力

中森明菜 異端の名盤『不思議』と「明菜流ニューウェイヴ」を生んだ自己プロデュース力の画像2
『不思議』

 中森のキャリア初のコンセプトアルバムを目指して制作されたアルバム『不思議』(‘86年8月)は、前述の「DESIRE」をはじめとしたシングル群や、シングル・コレクション盤『BEST』(‘86年4月)がロングヒットを記録する中でリリースされた。このアルバムはミキシングに大きな特徴があり、ヴォーカルトラックに非常に深いリヴァーブ(エフェクトの一種)がかけられた上で、意図的にバックトラックに埋もれるような音量に絞って収録されている。直前のシングル「ジプシー・クイーン」(‘86年5月)でも、音楽評論家の堤昌司が「バックのサウンドとの融合を指向するかのよう」なヴォーカルの音量の小ささを指摘しており、兆候は見られていたが、そうした特徴を大幅に推し進めたようなアルバムだ。

 中森のヴォーカルの特徴としてしばしば指摘される強烈なビブラートやうねりの残響が、プログレッシヴ・ロック/ニューウェイヴ調のサウンドからメロディの起伏に合わせて滲み出してくるかのような、独特な聴取体験。世界的に見ても「その国の音楽市場全体でトップクラスのセールスを記録しているアーティスト」の作品とは到底思えないほど先鋭的だ。実際、ヴォーカルの不明瞭さ・聞き取れなさゆえに「不良品ではないか?」という問い合わせが絶えなかったと言われる一方、発売後にはアルバムチャートで3週連続1位を記録するなど、セールス面でも成果を残したことは、当時の中森の人気を加味しても驚異的なものに思える。

 本作の収録候補であった「Fin」「危ないMON AMOUR」は本作リリース後、それぞれをA・B面に据えたシングルとして発表されている‘86年9月)。特に、ミニマルなアレンジと鋭角なサビのメロディラインに特徴を持つ「Fin」は、『不思議』の先鋭性を引き継ぎつつポップ・ミュージック的なフックも持ち合わせており、彼女のキャリア中でも隠れた最重要曲のひとつに思える。

 『不思議』は、ロックバンドのEUROX(ユーロックス)が4曲の作曲、7曲の編曲を担当するなど、前述の『BITTER AND SWEET』『D404ME』とは異なり、単一のアーティストがアルバムの全体像に大きく関わった作品でもある。本作のサウンドについて、中森が日本で1974年に公開された映画『エクソシスト』のテーマ曲(マイク・オールドフィールド『チューブラー・ベルズ』(‘73)の一部)からの影響を述べている一方で、ロキシー・ミュージックを思わせる「ヨーロッパ的エキゾチシズム」については前述の「ミ・アモーレ」「SAND BEIGE」といった「エキゾチック路線」に通ずるものだとも言えるが、この独特のバランス感覚は、EUROXが前身のTAO(タオ)の時期からプログレッシヴ・ロックと80年代的ポップ・ミュージックの融合に長らく意欲的だったことも大きく貢献しているはずだ。


※仕様によりアーティスト名が「冬木透」と表示されていますが実際には「EUROX」です

 また、この特徴的なサウンドデザインについては、アメリカの評論家イグナティ・ヴィシュネヴェツキーも「沼のようなリヴァーブ(lagoon of reverb)」とその異端性を指摘しつつ、コクトー・ツインズの名前を挙げながら、イギリスで当時隆盛していたドリーム・ポップを思わせる面もあるとしている。加えて、そこにナイル・ロジャース的な(ある意味、意外な組み合わせの)ギターが絡み合う「二面性」にも触れている。YMOのレコーディング・スタッフだったことで知られる音楽プロデューサーの藤井丈司は2019年、NHK-FMにて「中森がコクトー・ツインズを聴いていた」旨の逸話を語っており、彼女が大元のコンセプトの参考とした可能性は十分にあるだろう。

 ヴィシュネヴェツキーが『不思議』を取り上げたのは2016年だが、それ以降、当時“問題作”とされたこのアルバムは国内でも再評価の機運が高まっている。「ヴェイパーウェイヴ特集号」となった「ユリイカ」2019年12月号(青土社)では、ヴェイパーウェイヴ(が引用する1980年代のポップ・ミュージック)と似て非なる「異端」の音楽として取り上げられたほか、その2カ月前には、和製バレアリック・ミュージックを取り上げる『和レアリック・ディスクガイド』(ele-king Books)にもその名が登場しているのだ。同時代の先鋭的な音楽の要素を取り入れつつ、前述のようにプログレッシヴ・ロックや当時主流だったポップスのテイストも織り交ぜた本作は、近年のさまざまな音楽的潮流の中でもたびたびその名が挙がるほど、まさに時を超えて「不思議」な音楽である。

 ちなみに『不思議』のリリースからおよそ2年後には、収録曲の一部のヴォーカルを再録し、「一般的な(不思議ではない)」ミキシングで再構成した『Wonder』(‘88年6月)というEP作品もリリースされている。本作唯一の完全新曲として世に出た未発表曲、その名も「不思議」は、比較的ストレートなバラード。アルバム『不思議』の表題曲を担うはずだったにもかかわらず収録見送りを決断した点からも、彼女の徹底したこだわりとプロデュース力が感じられる。

『不思議』に続く冒険と「ヨーロッパ的エキゾチシズム」

 EUROXは後年、シングル「TATOO」(‘88年5月)「I MISSED “THE SHOCK”」(‘88年11月)の編曲も担当している (前者は、同バンドのメンバーである関根安里の作曲)。「TATOO」はビッグバンドジャズ風のシンセサイザー・オーケストレーションに、ジャズのスウィング感とジャングル・ビートを掛け合わせたようなリズムが強い個性を放つ。映画『ブレードランナー』を意識したコンセプト設定、さらには「自分としては避けたかったが、プロデューサーとしての自分が決断せざるを得なかった」という「ボディコン」的なタイトなミニスカートの衣装に至るまで、彼女のセルフプロデュースの意識が極点に達したような楽曲だ。「I MISSED “THE SHOCK”」は装飾を削ぎ落としたシンセサイザーの短いパッセージから始まり、跳ねるビートが終始力強く牽引していくという、前述の「Fin」のミニマルさをより華やかな方向にアップデートしたような編曲が印象的だ。

 中森による「ヨーロッパ的エキゾチシズム」を表現した楽曲として欠かせないのが、「AL-MAUJ」(‘88年1月)である。作曲を務めたのは、髙橋真梨子に提供した「桃色吐息」(‘84)のほか、自身も「マイ・クラシック」(‘84)「カルメン」(‘85)のスマッシュヒットを持つ日本のニューウェイヴ・ポップの名手、佐藤隆。日本版ブライアン・フェリーとでも呼びたくなるヨーロッパ的な憂愁に満ちた彼の作風は、中森との相性は完璧である。武部聡志によるどこかレゲエの要素も交えたアレンジも、ブライアン・フェリーが率いたロキシー・ミュージックの「Avalon」(‘82)を想起させるところがある。

 なお、「AL-MAUJ」は1986年頃に中森への提供曲として書き下ろされたものの日の目を見ず、佐藤隆が別詞曲「デラシネ」(‘87年7月)として半年リリース。その半年後、中森のシングル表題曲として白羽の矢が立った――という珍しい経緯で世に出た楽曲である。また、「AL-MAUJ」を依頼するきっかけになった佐藤隆からの初提供曲「椿姫ジュリアーナ」(‘85年6月、『SAND BEIGE』B面)も井上鑑によるスリリングな編曲が楽しめる隠れた名曲なので、ぜひ併せてチェックしてみてほしい。

「芸能界」でセルフプロデュースを貫いた功績

 中森は『不思議』以降、多くのアルバムで明確なコンセプトを掲げた制作を行なっている。ソングライターを竹内まりや・小林明子の2名に絞り込み、ほとんどの楽曲で声量を抑制したウィスパー寄りの歌唱を取り入れた『CRIMSON』(‘86年12月)、映画『トップ・ガン』『フットルース』など当時の「洋画」のサウンドトラックに見られた「複数アーティストが参加するオムニバス・アルバム」の雰囲気を中森ひとりのみで試みたという『Cross My Palm』(‘87年8月)、90年代~00年代仕様のR&Bに彼女が元来得意としてきたラテンの要素を織り交ぜた『Resonancia』(‘02)は、その代表例だ。一方で、そうしたセルフプロデュースの自由さからあえて離れるように「ヴォーカル録音直前まで自身がほぼ制作に関与しない」という『la alteración』(‘95)もリリースするなど、クリエイティブコントロールの範囲や、それが及ぼす影響に極めて客観的な視点を持ち合わせていた点も見逃せないところだ。

 ここまで述べてきたように、中森は楽曲のみならずビジュアル面のコンセプトに至るまで、自らの意思で積極的なセルフプロデュースを推し進めていった。サウンドやパブリックイメージの方向性に自らの意思・美意識を明確に反映させていった彼女の歩みは、本来の語源通り「アーティスト」そのものである。しかも、アイドル歌謡という出発点から、芸能界の多くの「外圧」のなかでこうした活動を展開していったのだから、驚異的である。

 また、中森は『不思議』を契機に、自身が表現したい方向性に合わせてクリエイティヴ全体をコントロールし、自身の感性を深化させていくような制作スタンスを本格的に進めていったわけだが、この点は、近い時代に『KOIZUMI IN THE HOUSE』(‘89)や『No.17』(‘90)などクラブ・ミュージックを取り入れた作品を多数残した小泉今日子の「積極的にコラボレーター/プロデューサーの個性に染まっていった」動きとは実に対照的である。これまでの中森評で見られた山口百恵や松田聖子との比較だけでなく、小泉のケースと比較することでも中森の個性の強さはよりはっきりと理解できるだろう。この点の深掘りは、また別の機会にぜひ行えればと思う。

 次回(後編)は、彼女が長年愛してやまなかったソウル/R&B的な側面について、具体的な楽曲を多数挙げながら、あくまでサウンドやリズム (グルーヴ)に着目したDJ的な視点で掘り下げていきたい。

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♦︎本稿で紹介した楽曲を中心に、「中森明菜とニューウェイヴ」の理解の手助けになりそうな楽曲をまとめたプレイリストをSpotifyに作成したので、ぜひご活用いただきたい。

B’z、DEEN、ZARD、Mr.Children、宇多田ヒカル、小室哲哉など……本連載の過去記事はコチラからどうぞ

TOMC(音楽プロデューサー/プレイリスター)

Twitter:@tstomc

Instagram:@tstomc

ビート&アンビエント・プロデューサー/プレイリスター。
カナダ〈Inner Ocean Records〉、日本の〈Local Visions〉等から作品をリリース。「アヴァランチーズ meets ブレインフィーダー」と評される先鋭的なサウンドデザインが持ち味で、近年はローファイ・ヒップホップやアンビエントに接近した制作活動を行なっている。
レアグルーヴやポップミュージックへの造詣に根ざしたプレイリスターとしての顔も持ち、『シティ・ソウル ディスクガイド 2』『ニューエイジ・ミュージック ディスクガイド』(DU BOOKS)やウェブメディアへの寄稿も行なっている。
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とむしー

最終更新:2023/04/28 16:53
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