広瀬すず&松坂桃李『流浪の月』 恋愛とは異なる感情で結ばれた男女の新しい関係
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社会の辺境で生きる人々を撮り続ける李相日監督
本作を撮ったのは、犯罪ドラマ『悪人』(10)や『怒り』(16)などで知られる李相日監督だ。長編デビュー作『BORDER LINE』(02)から、李監督は社会の辺境で生きる人々を主人公にした作品を撮り続けている。ヒット作『フラガール』(06)は斜陽化が進む炭鉱町が舞台だった。イーストウッド監督の名作西部劇を翻訳した『許されざる者』(13)は、最果ての地で繰り広げられるサバイバルと尊厳の物語だった。
吉田修一原作の『悪人』『怒り』も、生きづらさを抱え、辺境地へと向かう寄るべなき者たちの姿が描かれていた。社会に居場所のない者たちは、どこでどうやって生きればいいのか。過去を背負う更紗は、「被害者」というレッテルを剥がすことができずにいる。少年院での更生を果たしたはずの文も、性犯罪者として責められ続ける。更紗も文も社会には何の実害も与えていないにもかかわらず、世間は異物を監視し、隙があれば排斥しようとする。
BL小説の書き手としてのキャリアを持つ凪良ゆうの原作小説の面白さは、主人公の2人が恋愛感情では結ばれてはいないという点だろう。DV(家庭内暴力)歴のある亮と暮らす更紗は、性嫌悪症状態に陥っている。一方の文は、看護師の谷あゆみ(多部未華子)と交際するようになっていたものの、やはり大人の女性との性行為もできないままだった。
現実世界に居場所を見つけらずにいる更紗と文は、やがてお互いの心の中に居場所を見つけることになる。寄り添うように生きる2人だったが、セックスで結ばれることは一度もない。従来の恋愛ドラマとは異なる、まだ名前のない男女の新しい関係性がスクリーンに映し出されていく。
広瀬すずは、米兵に暴行される少女を演じた『怒り』以来となる李監督との再タッグとなった。相当の覚悟を持って、今回の撮影に臨んだに違いない。役づくりに定評のある松坂桃李も、驚くほど減量し、社会に適合できずにいる文になりきってみせている。主人公の心情が文章で語られる小説と違い、表情や台詞のやりとりだけで複雑な内面を表現するのは容易ではなかったはずだ。
更紗を手放したくないあまり、暴力に訴えるようになる亮役の横浜流星も印象に残る。亮にしてみれば、「性犯罪者」の文に惹かれる更紗のほうが異常なのだ。男女の関係を、常識で計ることは不可能なことが分かる。
いっさいのケレン味を排した李監督のストレートな演出、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(19)の撮影監督ホン・ギョンピョの的確なカメラワーク、原摩利彦のピアノによる劇伴も相まって、2時間30分にわたる人間ドラマが淀みなく奏でられていく。更紗と文が手に入れた、ささやかなスモールワールドが、とても愛おしく感じられる。
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