Mr.Children『深海』はなぜ心を打つのか――90年代に求められた“リアル”
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“リアルさ”が求められた90年代と共振していく桜井
先ほど「当時の心情と音楽性がリンクしすぎていた」という桜井の『深海』に関するコメントを引用したが、この時期の彼は、社会現象的な人気ぶりとそれに伴う多忙、自身のプライベートの問題もあり、精神的に非常に疲弊していたという。『深海』制作当時を振り返ったインタビューでは、「いつも『死にたい、死にたい』という感じだった」と語り、「要は、すごくピュアなラヴソングはもう書けない」「『そんなの嘘、不倫してんじゃん!』とつっこまれる前に、このぐちゃぐちゃを吐き出してやろう」といった思いを秘めていたことを明らかにしている。
『Atomic Heart』制作時に桜井が目指した通り、Mr.ChildrenはU2さながらに「変化することでより多くのものを巻き込んで」いき、バンドを「もっと“巨大な怪獣”」にすることに完全に成功した。そして、自身を取り巻く環境、ひいては人生そのものが大きく揺れ動いていくなか、桜井は「innocent world」以降で掴んだ「内面を作品に投影する・晒す」スタイルを加速させていく。先述のツアーでの演出然り、どこまでが作品で、どこからが彼そのものかという境界が限りなく曖昧に思えてくるそのあり方は、90年代以降のオルタナティヴ・ロックやヒップホップが体現した「リアルであること」の美学を図らずしも踏襲していたようにも映る。
あくまで筆者の観測範囲での話だが、『深海』を”オルタナティヴ・ロック”的なアルバムだとする感想は、リアルタイム世代・後追い世代を問わずしばしば散見される。しかし、ここまでお付き合い頂いた読者の方はご存知の通り、『深海』制作時のリファレンスに、同時代のオルタナティヴ・ロック周辺の音楽家・バンドは特段見受けられない。かつてレニー・クラヴィッツが行ったように60~70年代の音楽作品を(それこそ初期の井上陽水を含め)参照した果てに、彼らは時代のムードと共振する“オルタナティヴな”聴取体験をもたらすトータルアルバムを生み出した。この道筋のオリジナリティと達成度、何より日本随一のヒットメイカーの立場からこれに挑んだ事実は、いくら評価しても足りないほどの凄みがある。
天災や凶悪事件が相次ぎ、不況の実感も人々に広がり始め、社会の閉塞感・厭世観が加速していった90年代半ば以降、桜井自身のパーソナルな葛藤・苦悩を、歌詞のみならずサウンド~アルバムのコンセプトにまで素直に投影した作品たちは、次々と年間チャート上位レベルのメガヒットを記録し、“みんな”の歌になっていった。このある種ドラマティックな構図は日本のポップ・ミュージック史上でもほとんど唯一無二のものであり、それゆえこの時期の作品群には未だ特別な魔法・ロマンが詰まっているように思えてならない。
そして、ライブで『深海』全曲を演奏後に箱の中に閉じ込められるパフォーマンスを見せた桜井は、「名もなき詩」の「自分らしさの檻の中でもがいているなら/僕だってそうなんだ」という一節の通り、決して“みんな”を置き去りにはしなかった。そうした誠実さは、2000年代以降にバンドが“蘇生”していくプロセスにも確実に繋がっていったはずだ。
次回は1997~2000年の『DISCOVERY』『Q』の2作、およびそこからバンドが自らの立ち位置を見つめ直し、現在の活動に至るまでの流れについて記していきたい。
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本稿におけるMr.Childrenのレアな制作エピソードは小貫信昭氏の『Mr.Children 道標の歌』(水鈴社)を参考にさせていただいた。
本稿で紹介しきれない楽曲を含め、Mr.Childrenのオルタナティヴ・ロック方面の楽曲をまとめたプレイリストをSpotifyに作成したので、ぜひ新たなMr.Childrenの魅力の発見にご活用いただきたい。
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