伝説の“美少年”を追った残酷なドキュメンタリー『世界で一番美しい少年』に見るアイドルの苦悩
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アイドル(idol)とは「偶像」のことであり、日本では今も昔も、お気に入りのアイドルを崇拝する人たちが多い。アイドルを崇めている間は、世知辛い現実世界のことを忘れることができるからだ。しかし、「アイドル」が生きた人間、特に思春期の若者の場合、多くの人たちから崇拝の対象として扱われることは、本人としてはどんな心境なのだろうか。スウェーデン製作のドキュメンタリー映画『世界で一番美しい少年』(英題『The Most Beautiful Boy in the World』)は、1970年代に大注目を集めた10代の美形男優ビョルン・アンドレセンのその後を追った、興味深い内容となっている。
スウェーデンの首都ストックホルムで生まれたビョルン・アンドレセンは、巨匠ルキノ・ヴィスコンティ監督の『ベニスに死す』(71)で美少年タジオを演じ、一躍有名になった。映画のオーディション開催時のビョルンは15歳。イタリアの貴族階級出身、ゲイであることを公言していたヴィスコンティ監督の目に留まり、トーマス・マン原作の話題作に出演することになる。
作曲家のマーラーをモデルにした『ベニスに死す』は、芸術と死をめぐる物語だ。ベネチアを訪れた老作曲家(ダーク・ボガード)は宿泊先のホテルで金髪の美少年・タジオ(ビョルン・アンドレセン)を見かけ、ひと目惚れしてしまう。以来、レストランでもビーチでも、ずっとタジオのことを目で追い続ける。老作曲家に思わせぶりな視線を投げ掛けるセーラー服姿のタジオ、水着に着替えて同年代の男の子たちと浜辺で無邪気に戯れるタジオ、物憂げな表情でピアノを弾くタジオ……。美少年好きには堪らない、耽美的なシーンの連続となっている。
タジオの美しさの虜になる老作曲家だが、街には疫病が広まり、死の匂いが次第に強まっていく。街からは人影が消えていくが、タジオのことが気になる老作曲家はホテルを去ることができない。海辺でギリシア彫刻のようなポーズをとってみせるタジオに見惚れながら、老作曲家は静かに息を引き取る。老作曲家は美少年タジオをひたすら見つめ、自身の過去を回想するだけ。映像的には非常に美しいが、ある意味ではとても滑稽であり、残酷な物語だ。
タジオを演じたビョルンは、英国でのプレミア上映の際にヴィスコンティ監督から「世界で一番美しい少年」と紹介され、その言葉はマスコミによって大々的に広められていった。そして、ビョルンはその言葉に一生縛られ続けるはめとなる。
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