渋沢栄一の“放蕩息子”篤二――異母弟が「常識円満」の嫡男を羨んだワケ
#青天を衝け #渋沢栄一 #大河ドラマ勝手に放送講義
──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ
第37回「栄一、あがく」では、岩崎弥太郎(中村芝翫さん)、岩倉具視(山内圭哉さん)、五代友厚(ディーン・フジオカさん)と、存在感が大きい登場人物が相次いで亡くなり、ドラマもいよいよ大詰めという印象になってきました。
圧巻だったのは岩崎を演じた中村さんの熱演でした。優れた歌舞伎役者の条件として、古くから「一声、二顔、三姿」などと言いますが、岩崎の死のシーンでは芝翫さんが一声発し、表情を変えるだけでその場の空気の“色”が一瞬にして移り変わっていくのがわかりましたね。
岩倉は誰よりも敬愛している「主上(おかみ)」来臨の幻想を見ながら、なんだか幸せそうな死でした。一方、五代の死は直接的には描かれず、また病気が重い五代を演じたフジオカさんにも特にやつれたメイクが施されていたというわけでもないのですが、佇まいやセリフのトーンで見事に“人生の終わり”が表現されており、こんな側面も俳優としてお持ちなんだな、と感心したものです。風格がありましたね。
風格と言えば、没落した豪商の娘で、現在は芸者見習いとして働く伊藤兼子役を務める大島優子さんの演技もそうでした。「こんなに良い女優さんだったんだ」と素直に驚くと同時に、「史実の兼子も、こういう女性だったからこそ、最愛の妻・千代を失った直後の渋沢ともうまくやっていけたのかも……」などと感じたものです。
しかし興味深いことに、史実の兼子が渋沢の後妻として入籍した時期はハッキリとは記録されていません。考えられる理由として、史実の渋沢は何人もの女性と同時並列的に関係を持っており、その中の一人が兼子だったのでは……という話を以前にこの連載でもしました。ドラマの中でも、大内くに(仁村紗和さん)では渋沢家の正妻は「荷が勝ちすぎる」と渋沢が話していましたが、史実においても渋沢は、インターンを正社員に採用する企業のように兼子を後妻に決めたのかもしれません。亡き千代の代わりとして、渋沢家を兼子が本当に切り盛りできるのか、また千代の遺児たちともうまくやっていけるのかなどをじっくり見定めたのでしょう。
このように、渋沢と兼子は最初は熱烈に惹かれ合った末の結婚ではなかったのかもしれませんが、兼子は渋沢との間に多くの子を授かっています。夫婦仲はよかったのでしょう。しかし、後妻である兼子がいくら千代の遺児たちと馴染もうと頑張っても、彼らとの間には最後までどこか溝があったようです。
ドラマでは、兼子を遠くから見つめる10歳の篤二の寂しそうな姿が描かれましたよね。史実でも、そういうことはあったのかもしれません。また、渋沢家の嫡男として育てられた篤二が成長して成年になった姿(泉澤祐希さん)も見ることができましたが、篤二は家族の輪から距離を置き、バルコニーでアンニュイに煙草をふかしていました。その姿に彼が心配になった読者も多いのではないでしょうか。
ちなみに1900年(明治33年)になるまで、満20歳未満の喫煙を禁じる「未成年者喫煙禁止法」は存在せず、煙草は年齢制限が設けられていない嗜好品でした。ゆえに時代考証的には、篤二の喫煙シーンはOKなのです。かの明治の元勲・西園寺公望(さいおんじ・きんもち)は7~8歳の頃には酒も煙草も覚えていたとか。現在とは“感覚”が違うのですね。
しかし、一人で煙草をくわえる篤二の姿に、我々の心をざわつかせるような“何か”が漂っていたことは正しい予感だったと思いますよ。ドラマも終盤にさしかかり、時間の流れが加速しているので、篤二の廃嫡事件もこの後すぐに描かれると思います。この渋沢篤二という謎めいた人物の内面に迫りましょう。
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