ロンドンという街が若者の夢を搾取する恐怖 『ラストナイト・イン・ソーホー』
#映画 #パンドラ映画館
デヴィッド・リンチ作品を彷彿させる悪夢的世界
サンディがアカペラで歌う「ダウンタウン」をはじめ、「ヒートウェーヴ」「セット・オン・ユー」などの懐かしいヒット曲が次々と流れる。1960年代の夢の世界がスクリーン上に再現されるが、エドガー・ライト監督が流行のタイムリープものに安直に乗っかるわけがない。夢の世界に浮かれていたエロイーズだったが、サンディが直面するシビアな現実も共有することになる。
1960年代を生きるサンディは、ソーホーで顔の効く男・ジャック(マット・スミス)と恋仲になる。彼をマネージャーにして、マイナーなクラブ「リアルト」で働くようになるサンディ。「リアルト」は男性向けのストリップショーを売り物にしており、サンディはステージの脇役に過ぎなかった。「早く、カフェ・ド・パリのような大きなステージで歌いたい」とサンディは懇願するが、ジャックは「仕事が欲しいのなら、男たちにサービスしろ」と言う。つまりは枕営業である。キラキラと輝いていた夢の世界は、その裏では闇ビジネスや犯罪がまかり通っているのが実情だった。
田舎からロンドンに上京してきたエロイーズは、エドガー監督の分身だ。エドガー監督はイングランドの田舎町で生まれ育ち、テレビ放送される古い映画やレンタルビデオを生きがいにして大きくなった。物語序盤の周囲からバカにされながらも自分の趣味を貫く主人公の姿は、エドガー監督自身の青春時代を思わせる。
ゾンビ映画への愛を込めた『ショーン・オブ・ザ・デッド』(04)、ポリスアクションものへのオマージュ作『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』(07)で人気者になったエドガー監督は、温故知新をモットーにしている。懐古趣味なところも、エロイーズと同じだ。でも、夢は叶うと、その途端に夢ではなくなり、重い現実として立ちはだかるようになる。音楽とシンクロした犯罪映画『ベイビー・ドライバー』(17)ではギャグ抜きのサスペンス演出にも冴えを見せたエドガー監督だが、魑魅魍魎が跋扈するハリウッドに渡ってからは苦戦を強いられているように感じられる。
エドガー監督は本作について、ロマン・ポランスキー監督のサイコサスペンス『反撥』(65)やニコラス・ローグ監督の名作ホラー『赤い影』(73)からインスパイアされたことを明かしている。それに加え、デヴィッド・リンチ監督のシュールな業界サスペンス『マルホランド・ドライブ』(01)を連想する人も多いのではないだろうか。女優になることを夢見てカナダからハリウッドへとやってきたベティ(ナオミ・ワッツ)は、映画のオーディションを受けるが、次第に悪夢的世界に取り込まれてしまう。
ソーホーもハリウッドも、夢で胸を膨らませる若者たちを次々と呑み込み、街は妖しく活気づく。キラキラと輝く街自体が、まるで巨大なモンスターのようだ。家が少女たちを呑み込む、大林宣彦監督のカルト作『HOUSE ハウス』(77)のようでもある。夢、情熱、若さを街に吸い取られ、追い詰められていくサンディ。異なる時代に生きるエロイーズは、彼女を救うことができるのだろうか?
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