ギャスパー・ノエ監督が衝撃作誕生について語る 「人生はほんの一瞬の出来事で逆転してしまう」
#映画 #インタビュー #アレックス
時間軸を戻すことで、主人公はヒーローから狂人に
もともとギャスパー・ノエ監督は、日仏合作映画として製作された大島渚監督の『愛のコリーダ』(76年)に触発され、当時夫婦だったヴァンサン・カッセルとモニカ・ベルッチに共演作を持ち掛けたことが知られている。現在では時間軸を変えて見せる手法は広く使われるようになったが、『アレックス』は韓国映画『ペパーミント・キャンディー』(99年)と並ぶ、先駆的な作品となった。逆回転映画『アレックス』が誕生した経緯をこのように語ってくれた。
ギャスパー カッセルとモニカは結婚していて、2人の共演作を僕が撮ることだけ決まっていたんだ。用意したのは5ページ程度のシナリオだけ。最初は『LOVE』というタイトルで考えていたんだけど、カッセルが「このストーリーはあまりにエロチックすぎる。夫婦で演じると、夫婦の実生活にも支障が生じかねない」と反対したんだ。それで『デンジャー』という仮題の、別のストーリーを撮ることにした。そこで生まれたのが、レイプと復讐の物語『アレックス』なんだ。時間軸を巻き戻すというアイデアは、以前からやってみたかったもので、『アレックス』で試してみたわけさ。撮影はもちろん時系列順に撮って、編集で入れ替えたわけだけどね。
――時間軸を変えることで、その人の人生がまったく別に見えてくるというアイデアが秀逸でした。
ギャスパー 確かに時間軸を変えることで、違った印象を与えるよね。オリジナル版だとアレックスは温かい光に包まれるシーンで終わるので、不幸のどん底で終わる今回の『アレックス STRAIGHT CUT』とはまったく異なる作品になったと思う。特に変わったのは、恋人アレックスをレイプされてしまうマルキュスの存在。オリジナル版だと恋人のために復讐する一種のヒーローのようにも感じられたけど、新バージョンのごく当たり前の時間の流れの中ではマルキュスはもうすぐ父親になるにもかかわらず、ドラッグにも手を出し、後先のことを考えないクレイジーな男となっている。キャラクターがまったく別物になっているのが、『アレックス』新旧バージョンを比べて観る面白さだろうね。
――『アレックス STRAIGHT CUT』は劇場公開する予定はなかったそうですね。
ギャスパー 2年前に『アレックス』のデジタル版を出そうと持ち掛けられたことが、新バージョンのきっかけだったんだ。中編映画『ルクス・エテルナ 永遠の光』(19年)の編集作業をしていた際に、『アレックス』デジタル版の特典映像として時間軸を普通にしたものを収録したら面白いんじゃないかと思いついたんだ。ちょうど、『アレックス』の素材もあり、編集スタジオにいたので、『アレックス STRAIGHT CUT』を編集してみたら、僕が想像していた以上に面白かった。それでベネチア国際映画祭にも出品することになったんだ。時間軸を戻すことで、いろんな発見ができたよ。オリジナル版だとアレックスは主人公には見えなかったけど、新バージョンでは主人公のように存在感を増している。『アレックス』の原題『Irréversible』は「不可逆」という意味のフランス語なんだけど、邦題の『アレックス』はいいタイトルだったわけだね。
――オリジナル版の公開時は賛否両論を呼んだわけですが、当時の観客の反応を覚えているますか?
ギャスパー 上映途中で退席する人が多かったことかな。途中で退席した人は、きっと心が弱いんだと思うよ。心が強い人は残って、映画を最後まで観てくれた。僕が思うに、映画はマジックみたいなものなんだ。例えば、マジックショーで美女の胴体がまっぷたつに切断されたりするよね。「うわー!」と思わず叫びそうになるけど、映画はあれと同じなんだ。映画の中には暴力描写もあるけど、それは現実のものではなく、あくまでもシミュレーションにしか過ぎない。映画を観ている人は、そのことを分かった上で楽しんでいるわけだよ。言ってみれば、映画監督はマジシャンみたいなもの。美女がまっぷたつにされるのに驚いて、逃げ出すお客さんがいると、監督である僕も、演じている俳優もうれしくて仕方がないんだよ(笑)。
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