森山未來と伊藤沙莉が「ロスジェネ」の恋人たちを演じる映画『ボクたちはみんな大人になれなかった』
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『ビューティフル・ドリーマー』のような無限地獄
テレビ業界で流されるように生きてきた佐藤は40歳を過ぎ、それまでの人生を振り返ることになる。原作では主人公の記憶はアトランダムに時代を行き来するが、映画では、現代から「最愛のブス」かおりと出会うことになる1995年までの時代を逆行していく。韓国の現代史を描いた『ペパーミント・キャンディー』(00)やギャスパー・ノエ監督の人気作『アレックス』(02)を思わせる構成だ。人生が巻き戻されていくことで、その時には気づかなかった出会いの大切さが鮮明となっていく。
テロップ制作会社はブラック職場だったが、同期入社の関口(東出昌大)と飲み歩くことでストレスを溜め込まずに済んだ。バイト先の工場には、売れない劇団をやっていた七瀬(篠原篤)しか日本人はいなかったが、七瀬に背中を押されたことで、かおりとの文通を始めた。一人ひとりが、佐藤には欠かせない存在だった。かおりなら「どこに行くかではなく、誰と行くかが大事なんだよ」と笑ったに違いない。自分は何者であるかを自問していた佐藤は、他者との出会いが今の自分を作っていることを痛感する。
さまざまなサブカル要素が散りばめられた本作だが、ひときわ重要なキーワードとなるのは『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』だろう。カルト人気が高いこの劇場アニメは、学園祭前日がいつまでも繰り返されるというメタフィクション構造の物語だ。佐藤もテレビ業界の片隅で、来る日も来る日もテロップを作り続けている。『うる星やつら』の主人公・諸星あたるにはセクシーな恋人・ラムちゃんがいるが、佐藤はすでにかおりを失っていた。ラムちゃんのいない世界は『うる星やつら』ではない。かおりのいない世界も、佐藤にはあまりにも空虚すぎた。大人になったという自覚がないまま、40歳を過ぎていた。
2020年、Facebookを開いた佐藤は、かおりが結婚し、子どもを育てる「普通」の主婦になっていることを知る。「普通」であることを嫌っていた彼女の変わり身に、佐藤は驚く。でも、責める気にはなれない。かおりは「普通」であることを許容できる、大人の女になっていたのだ。かおりは、いつも佐藤のずっと先を進んでいる。
沈みゆくタイタニック号のようなこの世界で、佐藤はキーボードを叩き続ける。小沢健二、中島らも、押井守……。人との出会いに加え、さまざまな音楽や小説、映画との出会いがあった。それらのひとつひとつが佐藤という人間の血肉となっている。
過去を振り返り、小説を書き始めた佐藤が、うまく大人になれるかどうかは分からない。だが、ひとつだけ言えることは元カノ・かおりという名の呪縛から、佐藤はようやく解放されたということだ。かおりのことが忘れられない佐藤は、その面影を追い求めるあまり、『ビューティフル・ドリーマー』のような無限地獄へと陥っていた。自分の過去を小説化することで、ようやく記憶を客観視し、前へ進めるようになる。
2021年、佐藤は元カノ・かおりの呪縛から解き放たれることになる。「普通」であることを受け入れ、沈没船から出ていくことを決意する。だが、タイタニック号のように沈みゆくこの国は、バブル時代の華やかな記憶に囚われることなく再生することができるのだろうか。
『ボクたちはみんな大人になれなかった』
原作/燃え殻 監督/森義仁 脚本/高田亮
出演/森山未來、伊藤沙莉、東出昌大、SUMIRE、篠原篤、片山萌美、篠原悠伸、岡山天音、奥野瑛太、佐藤貢三、カトウシンスケ、吉岡睦雄、渡辺大知、徳永えり、原日出子、平岳大、高嶋政伸、ラサール石井、大島優子、萩原聖人
配給/ビターズ・エンド 11月5日(金)よりシネマート新宿、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほかロードショー、Netflixでも同日より世界配信
(c)2021 C&Iエンタテインメント
https://bokutachiha.jp
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