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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.658

森山未來と伊藤沙莉が「ロスジェネ」の恋人たちを演じる映画『ボクたちはみんな大人になれなかった』

自分のことを肯定してくれた初めての女性

非ゾンビ映画も怖い! ジョージ・A・ロメロ監督の“高齢者虐待”映画『アミューズメント・パーク』の画像2
佐藤(森山未來)はテロップ制作会社に就職。関口(東出昌大)と同期入社となる

 1995年、将来に何の希望も持てず、ただバイト先の工場に通うだけの毎日を送っていた佐藤にとって、休憩時間に読むバイト情報誌の文通コーナーは数少ない楽しみだった。ある日、文通コーナーに「犬キャラ」と名乗る女性を佐藤は見つける。「犬キャラ」とは、フリッパーズギターを解散し、ソロになった小沢健二のデビューアルバム『犬は吠えるがキャラバンは進む』の略称だ。直感めいたものを感じた佐藤は、「犬キャラ」との文通を始める。

 しばらく手紙のやり取りを交わした佐藤は、「私、ブスなんです。」と自称する「犬キャラ」に会うことに。待ち合わせは原宿のラフォーレで、目印は「WAVE」の袋。そこに現れたのが、かおり(伊藤沙莉)だった。決して美人ではないが、人生を目一杯楽しんで生きているポジティブオーラが全身から溢れていた。

「ビューティフル・ドリーマーは何回観ました?」

 かおりは小沢健二をはじめとする渋谷系音楽を愛し、サブカルも大好きだった。押井守監督のブレイク作となった劇場アニメ『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(84)を何回観たかと尋ね、佐藤が「2回」と答えると、「すくなっ!」と返すかおりだった。とんがったものが大好きなかおりは、普通なことが嫌いだった。

 かおりと一緒にいる時間は楽しかった。佐藤はバイトを辞めて、小さなテロップ制作会社で社員として働き始める。休日は渋谷の安いラブホテルでかおりと過ごした。仕事は次第に忙しくなってきたが、かおりに誘われて行き先を決めずにレンタカーでドライブへと出かける。BGMはもちろん小沢健二の曲だ。将来の見通しはなかった。今の仕事がいつまで続くかもわからない。でも、かおりと一緒なら、どこまでも進んで行けるような気がした。

 大切なものは失ってから、初めてその価値を知ることになる。1999年、ノストラダムスの大予言ははずれたが、佐藤には地球は滅亡したかのように感じられた。佐藤は初めて自分よりも大切な人だと思えた「最愛のブス」かおりを失っていた。ノストラダムスは、佐藤に訪れる悲劇をピンポイントで予言していたのだろうか。

 佐藤はどうしても彼女のことが忘れられない。かおりは佐藤にとって特別な存在だった。

「キミは大丈夫だよ、おもしろいもん」

 何も取り柄のない男だと自分のことを思っていた佐藤だが、かおりは佐藤が話す日常会話を「おもしろい」と褒めてくれた。中島らもの小説『永遠も半ばを過ぎて』の写植屋のように、テロップを制作し続けている佐藤も、いつか小説を書くようになるに違いないと予言するかおりだった。自分のことを初めて認めてくれた女性のことを、男は一生忘れることができない。

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