『青天を衝け』では描かれなかった伊藤博文の「攘夷派」から「異国びいき」への転向と英国留学の苦労エピソード
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苦労だらけのイギリス密留学
伊藤のイギリス留学は、留学予定者の中に強引に割り込む形で実現しました。もともと長州藩が密留学させようとしていたのは、井上馨、野村弥吉(=後の井上勝、ニックネームは“井上おさる”もしくは“鉄道の井上”)、山尾庸三の3人だけで、富裕というわけではない藩主・毛利敬親の御手元金(ポケットマネー)から1人200両(現在の貨幣価値で200万円程度)ずつ援助してもらってのことでした。そこに伊藤と、江戸で航海術を学んでいた遠藤謹助が無理やり加わったので、このふたりには藩主からの援助はありません。
当初、留学計画は5年でした。しかし、伊藤らが駐日イギリス領事のエイベル・ガウワーに話を聞いてみたところ、留学費用は一人あたり200両ではとても足りず、1000両(現在の貨幣価値で1000万円程度)も必要といわれたので、金策には苦労します。最終的に、江戸の毛利藩邸で鉄砲を買うために保管されていた1万両のうち5000両をなんとか借用させてもらいました。
これでなんとか金は工面できたと思った矢先、さらなる大トラブルが発生しました。伊藤らが外国人風に髪を整え、ブカブカの洋服を身にまとい、変装して船に乗り込もうとしたまさにその時、ガウワー領事がやってきて「船長が密航に難色を示している」と告げたのです。
当時の彼らの英語力は、野村弥吉が多少喋れるという程度で、伊藤を含む他の4人は単語レベルでの意思疎通も怪しい状態でした。後に伊藤は「我々一行の中に多少英語が分かるのは鉄道の井上(=野村弥吉)で、外は皆分からぬ」と証言しています。それでも渡航を拒否されて怒る5人の気迫はすさまじく、「切腹したほうがマシだ!」などと言われたガウワー領事は(多少日本語がわかるだけだったようですが、それでも)顔面蒼白となり、彼が船長と再交渉してくれた結果、一行は船に乗り込むことができたそうです。
先述の通り、井上馨は最初の寄港地・上海の活況を見たとたん、数日前まで攘夷、攘夷とまくし立てていたのに「攘夷など捨てるべき」と言い出しました。伊藤含む他の4人も華麗なるロンドンの町並みを見た時には「攘夷は馬鹿げている」と考えを改めたのだそうです。『青天~』の台詞にあった、実にあっさりとした伊藤の思想の転換は史実どおりでした。
一方、その英語力の乏しさが原因で、井上馨と伊藤博文はイギリスに向かう船の中で別の苦労をすることになりました。上海からイギリスまでの船を手配してくれたジャーディン・マセソン商会の上海支配人から「何の勉強をする予定ですか?」と聞かれ、本来なら「ネイビー(海軍技術)」と答えるべきところを「ナビゲーション(航海術)」と誤答してしまったために、井上と伊藤は変な“計らい”を受けてしまい、正規料金を支払って乗客として船に乗ったはずが、「早く実地体験をしたほうがいい」とイギリス行きの船で見習い水夫の一員として肉体労働をさせられることになりました。食事は毎食ビスケットと塩漬けの牛肉、薄い紅茶に砂糖を入れたものだけで、過酷な労働に明け暮れることになったそうです。
しかし、ここまで苦労し、大金を費やしてイギリスに行った彼らの留学期間はわずか半年ほどでした。民部公子こと徳川昭武がパリに腰を据え、しっかり勉学ができた期間と同じくらいですね。伊藤らは当初、ロンドンの下宿で英語を学んだそうです。そして留学先のロンドン大学に出入りしはじめたころ、英米仏蘭の四カ国艦隊が長州・下関を攻撃しようとしているという計画を知り、急いで日本に帰国したのでした。それゆえ、彼らの留学の成果は実際のところイギリスの雰囲気をつかんだくらいだったといえるかもしれません。
史実の伊藤は渋沢にとっては、“夜の遊び”を教えた師匠ともいわれる存在なので、両者の交流に期待したいところです。しかし渋沢の描かれ方からすると、『青天~』の世界では、あの伊藤ですら性に対して潔癖かもしれませんね(笑)。
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