これぞ娯楽映画の王道! 往年の香港映画アクション&ボケと冴えない父親の哀愁が織り交ざる『ヒットマン エージェント:ジュン』
#映画 #加藤よしき #韓国映画 #VOD #クォン・サンウ
冴えない父親に突き刺さる! 娘の魂のリリック
ジュンは苦悩する。このまま描き続ければ、間違いなく国家情報院にバレる。そしてバレたら大変なことになる。連載を打ち切るべきだと考えるジュンだったが、ふと入った娘の部屋で、彼女が書いたリリック帳を見つけてしまう。「金がないから父さんと母さんはケンカしてばかり、私はラップで金を稼ぐ、これぞ親孝行マネー」 娘の魂のリリックにジュンは号泣。連載継続を決心し、またも酒を入れて漫画を描くのであった。
一方その頃、国家情報院では緊急会議が開かれていた。会議室に揃った国家の中枢を担う者たちは、タブレットに映るweb漫画を睨んでいた。「これ、うちの話じゃない?」 そこにあったのはジュンの漫画であった。国の民主化に伴って閑職に追いやられていたドッキュは、上司たちから詰められる。「え、ジュンは死んだはずですけど……」 戸惑うドッキュであったが、国家情報院はジュンの捜索を開始する。さらにジュンに恨みを持つテロリストも「この火だるまになってる悪い人、俺じゃない?」と気がついてしまった。かくしてジュンは国とテロリストの両方に狙われるのであった。
……殺し屋が漫画家に転身して、酔っ払って過去の話を描いたら国家とテロリストに狙われる。突飛極まりない話だが、これを「あり」にしているのが、丁寧かつ身につまされる主人公ジュンの冴えなさ具合だ。まず編集長から詰められ、妻に詰められ、漫画家では食えないので勤めている工事現場でも詰められる。ネットでは酷評の嵐。娘にも「エゴサはしても気分が悪くなるだけだよ」と釘を刺される。そんな彼が手がけていた漫画は『爆笑少林寺』。21世紀とは思えないセンスのタイトルで、本編中では断片的にしか内容が確認できないにもかかわらず、不人気になってしまうのが一発で分かる。たった五文字で観客を納得させる制作者のセンスの素晴らしさに膝を叩いた。
そして娘の言動がイチイチ泣かせるのである。真剣にラッパーを目指して修行しており、リリックを書き溜め、目下欲しいものは作曲のための電子ピアノ。しかもリリックの中身は「うちには金がない」「貧乏だと哀しくて辛い」と、火の玉ストレートな内容だ。そりゃ稼げない父親として泣くしかないだろう。トドメは下校する娘を迎えに行くシーンである。娘は友人といた。その友人も父親が迎えに来ていたのだが、ひと目で高いとわかるピカピカの車に、ビシっとしたスーツ姿。さらに友人の決め台詞「ウチで遊ぼうよ。VRもあるよ」 いたたまれなくなって隠れるジュン、黙って友人の父の車に吸い込まれていく娘。元・特殊工作員だけど今は冴えない中年男性映画の金字塔『96時間』(2008年)が思い出される。あれも、主人公が娘に見るからに安いカラオケマシーンを持って行ったら、別れた妻の再婚相手、つまり現在の娘の正式な父が馬をプレゼントするシーンがあった。こうした細かい日常描写で共感を煽るからこそ、突飛な展開にもライド・オンできるのだ。
もちろん本作は寂しいだけでは終わらない。中盤から追跡劇が始まるとキレキレのアクションが炸裂する。ジュンを演じるのはクォン・サンウ。2000年代初頭の第一次韓流ブームで、ここ日本でも話題になったハンサムガイである。御年44歳と脂の乗った年頃だ。いわゆるラブロマンスの印象が強い俳優さんだったが、ここ数年は何か吹っ切れたのか、アクション映画に立て続けに出演している。囲碁アクションの『鬼手』(2019年)でも、碁と殴り合いを両立していた。ジュンの上官を演じるチョン・ジュノも見逃せない。かつてのバリバリの鬼教官ぶりと、閑職に追いやられている現在のギャップが笑いを誘う。そして陰のMVPはホ・ソンテだろう。政府側のトップで、嫌な上司を全力で演じているのだが、とにかくキレる。それも大声でキレる。みんながボケまくる度に大声でキレ散らかすので、ほとんどおいでやす小田と化している。彼だけアクション的な見せ場はないが、こと笑いの点でいえば一番目立っていたかもしれない。
泣けて、笑えて、すっきり爽快。決して超大作ではないが、これぞ娯楽映画の王道である。突出した「個」、すなわち天才はどこの国にもいるものだ。こうした中間層の充実ぶりが、その国の映画産業の豊かさの証明になる。本作は韓国映画の成熟を感じる1本だろう。そして普段から経済的な不安を抱えている身にとっては、ほんの少しの時間だけ、楽しい夢を見せてくれる作品でもある。本作は世知辛い浮世のあれこれを忘れるのにもピッタリな快作だ。
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