これぞ娯楽映画の王道! 往年の香港映画アクション&ボケと冴えない父親の哀愁が織り交ざる『ヒットマン エージェント:ジュン』
#映画 #加藤よしき #韓国映画 #VOD #クォン・サンウ
──劇場か、配信か。 映画の公開形態はこのどちらかに偏りつつあるが、その中間が存在していることを忘れてはならない。YouTubeやVODで見られる劇場未公開、あるいはひっそりと公開が終わってしまった傑作を加藤よしきが熱烈レビュー!
金がない。これ以上の苦しみがあろうか。かつて金がなくて見切り品のちくわだけで一ヵ月くらい生きた時、この生活が一生続くならば、いっそ全裸で街を歩くなどして三食が保障されている刑務所に入った方がマシではないかと真剣に考えたこともあった。今は屋根もあるし、とりあえず餓えることもない。けれど貧困の恐ろしさは、やはり身に染みている。
だから、貧困をテーマにした映画は我が事のように感じるし、家族を抱えた主人公にも強い共感を抱いてしまう。自分だけが貧困に苦しむならまだしも、愛する人、たとえば妻や子供に味わわせてはいけない。その使命感から頑張る(けれどうまくいかない)話には、ついつい夢中になってしまう。たとえば『万引き家族』(2018年)みたいな真面目な作品でも前のめりになってしまうが、今回ご紹介する『ヒットマン エージェント:ジュン』(2020年)のような軽めのアクション映画でも同様だ。我が事のように夢中になってしまう。
『ヒットマン エージェント:ジュン』は、クォン・サンウ主演の韓国産アクションコメディである。韓国映画といえば、アカデミー賞を席捲した『パラサイト 半地下の家族』(2019年)など、容赦なく闇を描く社会派作品が多いイメージだが、一方で近年は『エクストリーム・ジョブ』(2019年)などの良質なアクション・コメディも量産されている。同作もこうした系譜に連なる1本だ。キレキレのアクションに、絶え間なく繰り出されるボケは、まさに往年の香港映画の正統な後継者と言っていいだろう。そして本作は、あらすじからして勝利が約束されている。
両親を事故で失ったジュンは、漫画家になる夢を胸に秘めながら孤児院で暮らしている。孤独だが心にトキワ荘を持つジュンは、悲しみを乗り越えて夢を追っていた。そこに国家情報院の敏腕教官ドッキュがやってくる。ジュンの腕っぷしの強さを知ったドッキュは、彼を暗殺者としてリクルート。過酷な鍛錬の末に、ジュンは内外の敵から国家を守る凄腕諜報員へと成長する。しかし、ジュンの心のトキワ荘は解体されていなかった。任務の合間には『スラムダンク』が全巻揃った自室で投稿用の漫画を描き続け、まんが道を邁進していたのである。暗殺者として生きるか? それとも漫画家の道を選ぶか? 苦悩の末に、とうとう我慢できなくなったジュンは己の死を偽装。新たな戸籍を得て、漫画家として生きる道を選ぶのであった。
それから15年が経ち、ジュンは本当に漫画家になっていた。しかし……夢は叶えたものの、現実は甘くない。やっとの思いで勝ち取った連載は酷評に次ぐ酷評。エゴサをして凹んでしまい、思わず自作自演の擁護コメントを投稿、即行で「これ作者だろ」とバレて煽られる始末。もちろん原稿料だけでは食っていけず、経済的にボロボロの状態であった。結婚して妻と子どもがいるが、どちらもジュンには厳しい。そして編集部はもっと厳しく、とうとう打ち切りを宣告されてしまう。ドン底に落ちたジュンに、ラッパー志望の娘は言った。「ラップは本当の自分を書くからカッコいいんだ。パパも本当の自分を書いたらどうかな?」 打ち切りの悲しみ、娘の激励が、ジュンをヤケクソにした。酔っ払ったジュンは、自分が過去に体験した出来事、すなわち暗殺者としての過去をそのまま漫画に描いてしまう。
翌日、二日酔いの頭を抱えるジュンに、妻はいつになく優しく接する。異変を感じ取ったジュンが話を向けると、妻は笑って……「なんか描き終わってたけど、送ってなかったから、私が送っておいた。私、気が利くでしょっ♪」 漫画は編集部に送られ、知らぬ間に公開されてしまったのである。「あれって国家機密なんですけど!?」と大慌てするジュンであったが、肝心の漫画は大ヒット。たちまち韓国中で読まれる話題作となった。
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