『おむすび』第56回 橋本環奈の「困り顔」への執着と通底する職業差別意識がドラマを汚す
#おむすび
いよいよ年の瀬ですし、バタバタしてきましたね。こんな時期こそ、丁寧な暮らしを心掛けたいところです。
NHK朝の連続テレビ小説『おむすび』第12週は「働くって何なん?」。専門学校を卒業した米田結(橋本環奈)が、いよいよ社会人としての第一歩を踏み出すようです。
就職先は、恋人が勤める家電大手(なのかな知らんけど)の星河電器。結の恋人・翔也(佐野勇斗)は、その星河の野球部で今年からエースとなる将来有望な野球選手です。そんな翔也を支えるために、結の奮闘が始まるわけですね。
第56回、丁寧に振り返りましょう。それにしてもこの年末に新入社員の話とは、季節感もへったくれもないですな。
■「少な目」と言え
入社初日、黒髪スーツとなった結さんですが、ギャル魂は忘れていません。意気揚々と職場である社員食堂に出勤してきます。
しかし、驚くべきことに職長の立川さん(三宅弘城)は「うちに栄養士なんかいらん」と結を突き放します。
「なんでこんなん入れるんですか!」
今まで栄養士のいなかった食堂に、栄養士を採用する。その場合、普通に考えて会社の上層部が現場の職長の意見を聞かないことなどありえません。エース澤田(関口メンディー)が会社に栄養士の採用を打診する。その後、まず会社がやるべきことは「立川さん、澤田がこう言っているけれど、どうかね」と相談することです。
そこで立川さんはおそらく「あんな巨人に行った裏切り者の言うことは知らん」とでも言うのでしょう。それはいい、この人の哲学だから。そんな立川さんを上司が説得して、はじめて星河が栄養士を採用するかどうかが決定します。
その後、採用するのは米田結という新卒だということで、立川さんはまた癇癪を起こすはずです。
「栄養士を採るのはいい、新人で? しかもエース四ツ木の彼女だって? ふざけてんのか、バカにするのもいい加減にしてほしい。会社は社員食堂をどう考えているのか、採用するなら縁故ではなく、広く募集をかけるべきではないか。給与を低く抑えたいから新人を採る? それだって、その米田結とやら一択で決める意味がわからない。募集を新人に限ればいいだけだろう。日本に何校の栄養士専門学校があるか知ってるか? そこから今年、何人の卒業生が輩出される? 私は知らんよ、でもその米田結1人ということはないだろう」とか言うだろうね。
それでも上司がまたなだめて、とりあえず面接をしてみることになる。そうなれば、当然一次面接には立川さんだって同席するはずだ。忙しくて同席できないなら、面接官に「面接の際にこれだけは確認しておいてほしい」と要望を出してしかるべきだ。筆記試験やインターン、試用期間があってもいいだろう。
いずれにしろ、正式採用の初日に顔合わせで立川さんが「栄養士なんかいらん」と米田結に告げるシーンが表現するのは、星河電器という組織の破綻です。まるで機能していない。設計や製造部門でも同じようなプロセスで採用を決めていると想像させるし、そんな企業をいい会社だと思えない。
米田結は、あんまりよくない会社に就職したな。たった数秒のシーンで、そういう印象を与えています。
それでも、デコデコのケータイに貼り付けたギャルとのプリを見返し、気合を入れる結さん。ギャル魂でがんばるのだ。とりあえず立川さんは何も指示をしてくれないので、イケメン調理師・原口(萩原利久)の言うことを聞いてパートさんと一緒に食材の仕込みをすることになりました。
一方野球部では、翔也が右肩を内旋したり外旋したりしながら違和感を確かめつつ、バッティングゲージを眺めています。フリー打撃をしているルーキー・大河内は、大学時代に2年連続ホームラン王を獲っているそうです。情報を伝える専門家であるスポーツ紙の記者が単に「大学の」と言ってるので、六大学や東都、関学、関六、近畿、九六などすべての大学リーグを通じてホームラン王を2年連続で獲っているということでしょう。きっとドラフトでも大注目だったはずです。「投の澤田、打の大河内」くらいの騒がれ方をしたんじゃないかな。そんな選手が大卒から社会人に来る事情にも、普通に考えて説明が必要です。
翔也が大学ホームラン王を知らなかったことにも違和感はあるけど、こいつ「変化球」も知らなかったからな。自分のプレー以外に興味がない天才肌ということで理解しておきましょう。
ランチタイム、ごった返す食堂で結さんは所在なさげです。立川さんが指示すべきではありますが、何しろ立川さんはこの日まで結が来ることを知らなかったようですからね。仕事を用意しておけというのも無理があります。
厨房を追われた結さんは、カウンターで注文を取ることに。普通に考えて食券制にしたほうが効率的ですが、星河では「ネギ抜き」とか「大盛り」とか「チーズトッピング」とか、社員から細かいカスタマイズを受け付けているようなので、これだと食券制は厳しいね。これはこれでいいサービスだと思いますが、初日の結さんをカウンターに立たせるのは明らかに悪手です。案の定、結さんの情報処理能力の低さによって食堂は混乱をきたしてしまいます。結さん、言われたことを書き留めることもできません。こんな必要以上に無能に描く必要はないと思うんだけど。
その後、結さんは皿洗いに回りますが、ナレーションで「ひたすら雑用」と表現されます。こうして、誰かの仕事に対して貴賤をつけるのもまた『おむすび』の特徴です。「農業なんて」「バイト長なんて」、それに「カラオケビデオの女優なんて」というのもあったね。行間から差別意識がにじみ出てドラマを汚します。
ようやくすべての仕事が終わったのは、9時過ぎ。星河がフレックスを導入しているという話はありませんでしたし、結はランチの仕込みから手伝っていますので、おそらく残業でしょう。毎日こんなだと、36協定とか大丈夫かな。労基にツッコまれたりしないかな。
結さんが仕事を終えると、翔也が待っていました。落ち込む結さんを連れ立って、翔也はタコ焼きに誘います。
食事管理が何よりも重要である、そこに結さんという主人公の存在意義を置いているドラマで、簡単にタコ焼きを食いに行ってしまう。そもそもこのドラマにおける「おいしいものを食べるとつらいことを忘れられる」というメッセージと「アスリートの食事管理」という設定がかみ合っていないことが明らかになるシーンです。そういや澤田は社食のメシ食ってなかったよな。高たんぱく低脂質のお弁当を自作してきていました。プロ行くやつはそれくらい徹底している、という描写をしたうえで翔也に無駄食いさせている。
たぶん、肩の不調を示唆しているところからして翔也はプロをあきらめる展開になるんでしょうけれど、そのとき私たちが感じるのは「不幸にも肩のケガで……」ではなく「そりゃ夜中にタコ焼き食ったり、むちゃくちゃだったもんな」のほうになるよね、こんなことしてたら。
社食に入って1週間後、結さんは女性社員がからあげを残しているのを見つけ、声をかけます。すると女性社員は「ここの社食は量が多すぎる」「味が濃すぎる」と、好都合な意見を述べてくれます。
量が多いなら「少な目で」と言えよ。細かいカスタマイズできるのが星河の社食のいいところでしょう。残すなよ。SDGs!
しかし、ようやくヒントを得た結さん。立川さんにメニューの一新を迫ります。
「メニューをイチから見直してみませんか?」
これを侮辱と受け取った立川さんは「もう辞める」と言い出して、またまた困ってしまう結さん。女性の意見を元に、低カロリーなレディースメニューの追加とかを提案すればよかったね。あと、立川さん、生姜焼きの火が通ったところにオタマいっぱいの冷めたラードをぶっかけていたけれども、あんな調理法ある? いくらなんでもヤバすぎない?
家に帰ったらママ(麻生久美子)が「どんどん言え」みたいなことを言っていましたけど、このシーンは納得でしたね。結さんが困れば困るほど、ブログが盛り上がるからな!
■とにかく極端な性格の人が
月曜日に極端な性格の人が現れ、結さんを困らせる。金曜日に結さんがそれを言いくるめて、いい感じに収める。『おむすび』がそういうドラマであることは諒解して見ているわけですが、それにしても性格の悪さが極端なんですよね。
結のハギャレン入りを認めなかったタマッチ、墓参りを拒否したナベさん、「ナメとんか」と言い放ったサッチン、みんな必要以上にエキセントリックで、結を敵対視しすぎている。人間と人間、大人と大人、それぞれの正義や哲学の衝突ではなく、単にケンカを売ってきているようにしか見えない。「こんなやつと和解したくない」と思っちゃうのよ。
そして、こういうエキセントリックな人格破綻者たちに結を攻撃させることで、結の「困り顔」を引き出しているわけですが、ここにちょっとサディスティックな欲望を感じるんですよね。結を困らせたい、結は困っていればいい、その顔がいいんだ、その顔がいいんだよ環奈、そうだ、その顔だ、もっとその顔をくれ、環奈、いいよ環奈、もっと困れ環奈、環奈、そういう私欲を感じてしまうの。だって、別に困り顔のアップ、いうほど魅力的じゃないんだもの。もっといろんな表情、いろんな感情の起伏が見たいんだもの私たちは。ワンパターンの困り顔アップを毎週見せてくる理由がほかに思い当たらないんです。
きんも。
(文=どらまっ子AKIちゃん)
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