『光る君へ』なぜ道長は国難「刀伊の入寇」に関わらなかったのか? 朝廷の弱体化と道長の権勢
#光る君へ
『光る君へ』は『源氏物語』の何を描いたのか?
ドラマでは「刀伊の入寇」にまつわる戦のシーンがあり、前回は道長が「朝廷が武力を振るってはならない!」と命じるシーンもありました。当時の兵制についてもお話しておきますと、北は東北、南は九州までを平定することが完了した平安時代中期以降も、太政官(≒政府)直属の「八省(=役所)」の中に、軍事関係を統括していた「兵部省」は残りましたが、有名無実化していくわけです。
役所としての「兵部省」は存続しているのですが、鷹狩に使う鷹を養育したり、牧場を経営したり、軍事とは直接関係のないことが業務の中心となっていきます。かつては兵部省の長官には多くの場合、皇族が選ばれていたのですが(『源氏物語』にも兵部卿の宮という登場人物が何人か登場していますね)、それさえ平安時代後期、三条天皇(ドラマでは木村達成さん)の皇子・敦平親王を最後にしばらく断絶しています。
つまり、平安時代の末の日本では正規軍が解体され、私兵団だけが存在する世界になっていたのです。ドラマにも出てきたような兵の鍛錬などは、主に地方にいる軍事貴族たちの裁量にお任せだったのですね。そういう私兵団を結成した者たちの間でいわゆる下剋上が相次ぎ、さらに力のある武士をリーダーとした武士団が形成され、日本は乱世に突入していくのでした。
ドラマ終盤でいきなり差し込まれた、まひろの大宰府行きについては、本来こういう時代の変化を描くためのイベントだったのでしょうが、いろいろと描き足りていない部分が目立ち、結局バタバタした印象だけで終わってしまったのではないでしょうか。
また、ドラマでは京都の公卿たちが、国家の有事に際しても危機感が足りず、あるいは権力闘争に終始し、肝心の道長も出家しているので辣腕を振るえなかった、あるいは摂政になった息子・頼通(渡邊圭祐さん)も万事、事なかれ主義でふがいないという描写についても補足しておきます。
以前のコラムでも触れたとおり、史実では重病を理由に出家した道長ですが、その直後から頼通ではなく、道長を頼る公卿たちが彼の屋敷に日参していたことが、藤原実資(秋山竜次さん)の日記(『小右記』)などからよくわかります。
実資いわく、ドラマとは異なり、史実の道長は病みやつれて、御簾越しの対面だったにもかかわらず、「容顔、老僧のごとし(*原文は漢文)」だとわかる状態でした。気力も失われていたので、実資は道長に「一月五六度(=1カ月に5、6回程度は)」朝廷に来て、我々をご指導くださいと「ヨイショ」せねばならなかったくらいです。
しかし、大宰府で苦しんでいたのは道長の政敵である藤原隆家(竜星涼さん)だったからか、病後で頭が回らなかったのか、理由は不明ながら、道長は国難である「刀伊の入寇」事件に関わろうとしませんでした。これは厳然たる史実です。
ただ、こういう重大事件の情報を、公卿たちの会議(陣定)開催よりもいち早く、私的に報告してもらえたりすることで、「自分が必要とされている」と道長が感じ、回復が早くなった可能性は多いにありますね。とくに実資からの励ましは効果があったようで、出家以来、元気がない夫のことを心配していた倫子から喜ばれた――原文では「(関係者から、倫子の素振りに)悦気有り」と伝えられたと、実資は『小右記』に嬉々と書き残しています。
さて、いまいち盛り上がりに欠けるまま最終回を迎える『光る君へ』ですが、来週以降のコラムでは今年一年のドラマについての振り返り、さらに作中でほとんど効果的に取り上げられることがなかった『源氏物語』についてもお話したいと考えています。もうちょっと『源氏物語』とドラマの世界を有機的にリンクできていたら、満足度も高かったのではないでしょうか……。
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