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山岳民族に残る「嫁さらい」の実情を追う 『霧の中の子どもたち』と日本の非婚化

<配信ドキュメンタリーで巡る裏アジアツアー> 第一回

 アジアには世界人口の約60%が住み、GDPの地域別シェアは1980年から約4倍になるなどの爆発的な経済発展を遂げてきた。だが、社会の変化に伴い、所得格差や貧困問題、少子高齢化、非婚化、自殺率の高さなど多くの問題が顕在化してきている。映像配信サイト「アジアンドキュメンタリーズ」の代表・伴野智氏に、いま注目すべきアジアのドキュメンタリー作品をピックアップしてもらおう。

 

『霧の中の子どもたち』(原題:Children of the Mist)/アジアンドキュメンタリーズで配信中 (https://asiandocs.co.jp/contents/1440?fcid=1

 テレビや新聞では報道されないアジアの実情を描くドキュメンタリー作品を紹介する本連載。記念すべき第1回目で取り上げるのは、ベトナムの山岳地帯で暮らす少数民族・モン族に今も残る風習「嫁さらい」、いわゆる誘拐婚の実情を描いた衝撃作『霧の中の子どもたち』(製作国/ベトナム)だ。日本には「いい夫婦の日」という記念日(11月22日)があるが、結婚の在り方について考えさせる内容でもある。

 今なお「嫁さらい」が風習として根付いているのは、北ベトナムの山間部で暮らすモン族の社会だ。モン族と聞いてもピンとこない人が大半だろうが、クリント・イーストウッドが主演&監督した『グラン・トリノ』(2008年)に出てきたアジア系少数民族と言えば、「あぁ、一族の結束が固い、あの難民一家のことか」と思い出す人もいるのではないだろうか。ベトナム戦争時に米軍に協力したため、米軍撤退後は難民として米国へ渡ったモン族も少なくなかった。
 ベトナムに残ったモン族は、深い霧が漂う山奥に暮らし、狭い田畑を耕し、家畜の世話をしながら、昔ながらの質素な生活を送っている。一見すると穏やかそうに映る山の暮らしだが、「春節」が近づくと少女たちはソワソワし始める。嫁さらいの季節でもあるからだ。

■嫁さらいに遭った少女を3年間にわたって取材

 本作の主人公は、学校に通いながら家事を手伝うジー。あどけない表情が残る少女だが、最近はスマホを使ってのSNSのチェックに余念がない。「嫁さらい」と言っても、一方的に男性が女性を連れ去るわけではなく、事前にSNSなどでやり取りがあることが多いようだ。本作の監督ハー・レ・ジエムもベトナムの少数民族出身の女性で、取材当初は12歳だったジーが14歳となり、実際に嫁さらいに遭い、その決着がつくまでの3年間を丹念に追っている。

スマホが浸透したことで、伝統的な社会はその在り方を否応なしに更新されることに。

 14歳になり、急に大人びた化粧をするようになったジーをロックオンしたのは、同世代の少年・ヴァンだった。SNSでメッセージを交換した後、ヴァンはジーを自宅へと連れていく。だが、さらわれたジーは結婚に同意しない。ジーは学校で勉強を続けたいし、「嫁さらい」で母をさらった父は酒ばかり飲んで、母だけを働かせているという結婚の現実を知っている。自分も同じような将来を辿りたいとは思わない。頑ななジーの抵抗に遭い、この嫁さらい婚は暗礁に乗り上げてしまう。基本的に嫁さらいには親は介入できないのだが、双方の家族、親族、学校も巻き込んだ騒動になっていく。

自撮りするヴァン(左)とジー(右)。世界中で見かける光景だが…。

 

■山岳民族独自の環境から生まれた風習

 嫁さらい婚の実情に迫った本作は、ベトナムで大きな反響を呼び、各国の国際映画祭にも出品され、アムステルダム国際映画祭最優秀監督賞など多くの賞を受賞している。アジアのドキュメンタリー作品に精通している伴野氏に、『霧の中の子どもたち』の面白さをより詳しくレクチャーしてもらおう。

伴野「モン族は東南アジア一帯で暮らす少数民族で、中国ではミャオ族と呼ばれています。アジアンドキュメンタリーズでは『ミャオ族の聖歌隊』(https://asiandocs.co.jp/contents/272)も配信しており、こちらもぜひ観て欲しい作品です。僕が『霧の中の子どもたち』の中で面白く感じたことのひとつが、山奥での昔ながらの社会にもスマホがすでに浸透し、SNSなどが普通に使われているところです。伝統的な風習が残る暮らしと、スマホによるネット文化が並行して存在している。それまでの伝統的な生活は、新しい文化が入ってくることで崩壊が始まっているわけです。その様子が克明に描かれています」

 「嫁さらい」婚というパワーワードもあり、『霧の中の子どもたち』はアジアンドキュメンタリーズの配信作品の中でも注目度が高いという。

伴野「嫁さらいという言葉には暴力的な響きがありますが、環境に応じ、工夫されて生まれてきた風習でもあると思うんです。ただし、それは圧倒的に女性の犠牲の上に成り立ってきた。作品を観ると、モン族の人たちは代々質素な暮らしを続けていることが分かります。嫁さらい婚なら、男性側はお金がなくても、イケメンでなくても、行動力さえあれば嫁を手にいれることができた。そうやってモン族は子孫を残してきた。ジーの母親も祖母も、さらわれて結婚しています。しかし、若いジーの世代になると、スマホを通じて外の社会とも繋がり、また教育の充実もあり、嫁さらいは女性の人権を侵害していることが表面化してくる。本作では描かれていませんが、ジエム監督がジーたちを取材している間、村では同じようにさらわれた女の子がレイプされたり、殺されてしまったという事件も起きています。僕らが想像するより恐ろしい現実があるわけです。一方で、嫁さらいの風習を否定することは、山奥で暮らすモン族社会そのものが消滅してしまう可能性をも示唆します。これまで女性の犠牲の上に成り立ってきた社会が成り立たなくなるからです」

■モン族と日本社会との意外な共通点

 日本では、親が決めた相手と「見合い」して結婚するケースが昭和時代までは多かった。また、かつては「夜這い」という風習が全国各地で行われていた。現代は交際相手をネット上で探す「マッチングアプリ」が人気を呼んでいる。ネット文化がそれまでの結婚の在り方を大きく変えたという点においては、山奥で暮らすモン族も日本人も似たような状況ではないかと伴野氏は指摘する。

伴野「マッチングアプリは手軽さから多くの人が利用するようになりましたが、逆にそのせいで結婚できない人も増えているように思います。マッチングアプリでは、経済状況や容姿などが問われ、そうした条件に恵まれた人でないと選ばれません。条件を満たした人でも、『もっといい相手が見つかるかもしれない』と考え、結婚に踏み切れずにいる人もいるんじゃないでしょうか。本作は山岳民族の内情を追ったドキュメンタリーですが、まったく別世界の出来事ではなく、日本での結婚の在り方についても考えさせる内容だと思います」

 東南アジアには「児童婚」の問題もある。貧困層ほど早く結婚し、出産も早いため、学校に通うことができず、負の連鎖が次の世代にも受け継がれることになってしまう。とりわけモン族の児童婚率は高く、2人に1人は未成年で結婚しているという。児童婚には女性から就学や就職のチャンスを奪ってしまう側面もある。

伴野「最後まで嫁さらい婚を受け入れなかったジーのようなケースは、モン族ではまだまだ珍しいと思います。他の社会を知らない彼らにとっては進学や就職を優先するのか、それとも民族の存続を重視するのか、簡単には決められない問題でしょうね」

霧の中に佇むジーとヴァン。その先に確かにあるはずの風景が霞む。

 

 モン族のひとりの少女が、「嫁さらい」という風習を経験し、大人へと成長していく姿を鮮やかに映し出す『霧の中の子どもたち』。スマホやSNSといった最新のツールによって、ベトナムの少数民族、そして非婚化・晩婚化が進む日本も含め、アジア全体の結婚観や家族制度が揺れ動いている時代なのかもしれない。
(取材・文=長野辰次)

『霧の中の子どもたち』はアジアンドキュメンタリーズで配信中

『霧の中の子どもたち』(https://asiandocs.co.jp/contents/1440?fcid=1
製作国/ベトナム 監督/ハー・レ・ジエム 編集/スワン・ドゥビュス/2021年製作/作品時間92分

「アジアンドキュメンタリーズ」
https://asiandocs.co.jp/

最終更新:2024/11/22 18:40
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