『光る君へ』まひろの娘・賢子と若武者・双寿丸の“それから”と平為賢が立ち向かった海賊による軍事侵攻
#光る君へ
──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ
『光る君へ』、前回・第41回「揺らぎ」では、道長(柄本佑さん)の強引さが目立ちました。執筆中のまひろ(吉高由里子さん)の局を訪ねた道長との短い対話の中で、道長の現在、そしてまひろとの距離が端的に表現されており、面白かったですね。
まひろとの会話の糸口として、「光る君と紫の上はどうなるのだ」と聞いてきた道長に、まひろは「紫の上は死にました」とポツリ。
思えば、愛娘・彰子(見上愛さん)と今は亡き一条天皇(塩野瑛久さん)の仲を円満にするため、道長は『源氏物語』の執筆をまひろに依頼しました。文学好きの帝の歓心を買おうとしたのです。しかし、一条天皇(正確には一条院)の崩御後は、まひろの言葉でいう「より強い力」を得ようと多忙な道長にとって、『源氏物語』など読む暇もなければ、物語への関心も失っていることが明確なのです。それはまひろにとって、道長の自分への関心が薄れているのと同義なのでしょう。
しかし、道長はまひろの目をしっかりと見据え、彼の外孫である第二皇子・敦成(あつひら・濱田碧生さん)親王を東宮にするなどの「やり方が強引」とは認めつつも、自分が「より強い力」を得ようとしているのは「お前との約束を果たすためだ」と明言。常にその約束を胸に生きてきたし、まひろにはそのことを理解してもらえていると思っていると断言していました。
ああいうふうに言われると、たとえ違和感があっても、黙るしかなくなる気がする筆者ですが、まひろとの約束とは、かつて二人が深夜の廃屋で密会していた頃、「身分に関係なく、優秀な人材を登用する世の中をつくる」と道長が誓ったことを指しているのでしょうか。
史実的に見ると、すでにこの頃の道長は完全に朝廷の黒幕という立ち位置で、新帝・三条天皇(木村達成さん)への当たりも実に厳しかったのですが、『光る君へ』の道長は、韓ドラの男性主人公のごとく「愛する女との約束を果たすためならば、わが手は血で汚しても平気」な人物として描かれることで、あくまで闇落ちした雰囲気は強くは出さない作戦のようです。
まひろは、何かあると沈黙してしまうタイプなので、道長が「お前にだけは伝わっておると思っている」といわれた時も何も言い返せませんでしたし、敦康親王(片岡千之助さん)からの品を届ける使者として登場した清少納言(ファーストサマーウイカさん)が、彰子の御前であるにもかかわらず、言いたい放題で去っていった場面でさえ一言も発せぬままでした。
思い出せば、一条天皇(一条院)が崩御した前々回なども、まひろのセリフがほとんどなかった気がするのですが、もうちょっとヒロインとして頑張ってドラマを引っ張っていってほしいなぁ……などと思ってしまいます。
道長から黒幕っぽい印象を弱めるためにドラマで用いられそうなのが三条天皇で、陰陽寮に選ばれた「吉日」が亡き一条天皇(一条院)の四十九日の当日だったにもかかわらず、内裏に入る計画を延期しないと即答しており、たしかにこれは史実でもあるのですが、ネットのSNS上では道長以上に三条天皇の強引さに反発が集まった印象があります。
ちなみに平安時代でも四十九日までは集中的に法事が執り行われ、故人の魂が迷わないように祈念されました。四十九日が当時の言葉では「七七日(なななぬか)」といわれ、法要の一区切りなのです。
それからも一定期間、故人の周辺は「鈍色(にびいろ)」と呼ばれる青っぽい灰色の喪服を纏うことで弔意を示し続け、部屋の中の調度品の色も黒を基調とし、御簾の色でさえもわざと太陽光に晒して脱色した白っぽいものに変えていたそうですね。それから、徐々に普段通りのインテリアや装束に変更していったと考えられています。
平為賢が立ち向かった女真族の海賊
さて、2012年に放送された平安時代末期が舞台の大河ドラマ『平清盛』と比べて、武士の存在をまったく描こうとしない特色があった『光る君へ』ですが、前回は騎馬姿の平為賢(神尾佑さん)が登場しました。平為賢はドラマの登場人物では藤原伊周・隆家兄弟(三浦翔平さん・竜星涼さん)と距離が近く、この二人が花山法皇(本郷奏多さん)を襲撃した「長徳の変」にも兄弟側の兵として参加していたようです。
戦闘シーンがほとんどない異色の「大河」である本作ですが、平為賢が目立つ形で登場したということは、寛仁3年(1019年)3月末から4月にかけ、壱岐(現在の長崎県)・対馬(現在の島根県)を襲い、さらに九州にも中国大陸からの海賊が侵攻した事件のことは、最終回前の一大イベントとして描くつもりなのでしょう。
その女真族の海賊による日本への軍事侵攻は「刀伊の入寇」と呼ばれる大事件なのですが、この当時、京都を離れ、大宰権帥として大宰府(現在の福岡県)に赴いていた藤原隆家が総指揮官となって、平為賢などの武士も参戦、刀伊(女真族)の追い返しに成功しています(女真族とは、後に中国を平定し、「清」という大帝国を樹立することになるツングース系遊牧民族です)。
藤原隆家は、もともと眼病の治療のため、名医がいると噂の大宰府への異動を熱心に希望し、道長の反対を押し切ったといわれています(かつてはあれだけ京都から離れることを亡き兄・伊周と共にイヤがっていたのに)。いくら病身とはいえ、もともとは「カッ」となって花山天皇を襲撃してしまったように血が熱い御仁ですから、こういう不測の事態解決にはもってこいだったのでしょう。
最近、ドラマの中で異色の存在感を放つ双寿丸(伊藤健太郎さん)も、平為賢の配下ですから、刀伊追撃の際に大活躍し、『光る君へ』終盤を彩ってくれそうです。まぁ、まひろこと紫式部の娘・賢子(南沙良さん)が恋に奔放な女性でも、武士の誰かと結ばれたというような逸話は聞かないので、あっけなく大宰府で戦死してしまいそうな気もしますが……。
ちなみに「大宰府」という表記については、中世までは「大」宰府、それ以降は「太」宰府とするという取り決めに今回は従ってみました。現在の地名表記のように「太宰府」とする用例が増えるのは、中世以降の話なのだそうです。
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