【24年秋ドラマ】『わたしの宝物』第3話 モラハラ夫の完全改心で訪れた幸せ、それは「風車の理論」です
#わたしの宝物
夏クールの月9『海のはじまり』(フジテレビ系)では、子どもの親が死んだことで主人公が大変なことになっていましたが、逆に死んだと思っていた親が生きていたことで主人公たちが大変なことになりそうなのが、ドラマ『わたしの宝物』(同)。
第1話では夫のモラハラに耐えかねた人妻が不倫に走り、その不倫相手の子どもを妊娠。夫を捨てて間男と一緒になろうと思ったら、その間男が渡航先のアフリカでテロに巻き込まれ死亡。第2話では、その人妻が妊娠した子どもを夫の子と偽って“托卵”生活を送ることを決意して出産するものの、実は間男が生きていて、しかも日本に帰ってその人妻と結婚するつもりらしい、というところまでの約1年間が実に手際よく、ジェットコースター展開で描かれました。
迎えた第3話では一転、時系列はほとんど進まず、子どもが産まれてからの1カ月がじっくり描かれます。じっくり、ねっとり、ギリギリと弓を引くように描かれたのは、壊れることが約束された夫婦の幸せというものでした。あー、怖。怖いドラマだわ。振り返りましょう。
■間男の帰還と、モラハラ夫の改心
間男こと年下のかわいい男・冬月(深澤辰哉)はテロで負った傷もすっかり癒えたようで、部下のリサ(さとうほなみ)とともに日本に帰ってきます。冬月の死が誤報だったことは日本でも報じられていたようですが、子どもが産まれたばかりでてんやわんやの人妻・ミワさん(松本若菜)は冬月が生きていたことなど知る由もありません。
出産前は「自分は父親はやらない、金だけ入れる」と宣言していた夫・ヒロキ(田中圭)の意向もあって、かいがいしく育児に勤しむミワさん。ひとつだけ「娘の名前をつけてほしい」とヒロキにお願いします。それはミワさんにとって、実際には冬月の子である赤ちゃんを「ヒロキの子」として脳裏に固着させるための作業だったに違いありません。相変わらず“托卵”して育てていくことへの罪悪感は拭えませんが、こうしてひとつずつ、「この子はヒロキの子」と自分自身に暗示をかけていくしかないのでしょう。何しろ、冬月はもう死んじゃった(と思い込んでる)からね。
相変わらず仕事が忙しいヒロキですが、ミワさんも気付かない間にヒロキの中で大きな変化が起こっていました。
生まれる前はよくわかってなかった「父親」の自覚が芽生え、ミワさんに頼まれた名前についてはノートに何ページもびっしりメモを書き込むほど必死に考えたし、ミワさんに「あの約束破っていい? 父親やりたい」「今までごめん」とか言い出すし、同行できないと言っていたお宮参りにはわざわざ仕事を休んでミワさんの入院中の母親を連れてきてくれるし、挙句の果てには任されていた巨大プロジェクトのリーダーまで降りてしまいました。
そんなヒロキが赤ちゃんに付けた名前は「栞(しおり)」でした。ミワさんの母子手帳にいつも挟まっている栞、その名前には、ヒロキにとって赤ちゃんが人生の道しるべになったという意味も含んでいるそうです。
ヒロキは知らんけど、その母子手帳に挟まっていた栞は、ミワさんと冬月の大切な絆の証なのよね。皮肉なもんです。
そうして完全無欠の良きパパに生まれ変わったヒロキ。その変化を感じ取ったミワさんは、ヒロキが自分との出会いのきっかけになったハンカチを後生大事に持っていることも知り、ヒロキと生きていく決意を新たにします。
冬月との絆の証である栞を2人の思い出の図書館に戻すことにしたミワさん。栞ちゃんの1カ月検診を終えた帰り、図書館に立ち寄り、その栞を誰も開くことがないであろう図鑑に挟みます。これで、冬月と自分をつなぐものは何もなくなった。栞ちゃんと2人で外で待っているヒロキのもとへ戻ろうとしたそのとき、死んだはずの冬月がミワさんの目の前に現れるのでした。
「どうして……」
言葉を失ったミワさんをおもむろに抱き寄せる冬月。この人はまだ「ミワさんを迎えに来た王子様」という自覚がありますし、栞ちゃんの存在も知りませんので、その行動に迷いはありません。一方、ミワさんは頭が爆発しそうなほど混乱しているでしょうけれども、冬月のことはまだ好きだったりするようで、抱きしめられたまま涙を流すしかないのでした。
■いやぁ、悪趣味だ
第1話では悪魔的なモラハラっぷりを見せたヒロキ。その姿はこのレビューでも「世の中の『イヤな夫』像を丸めて煮しめて出来上がったようなクソ人間、言語道断、万死に値する、天誅を下すべき」などと評しておりましたが、人間は変わるものですね。赤ちゃんが産まれてからたった1カ月で、優しくて頼りがいがあって、どこに出しても恥ずかしくないイクメンへと変貌しました。仕事中も待ち受けにしている栞ちゃんの写真を眺めてニッコニコです。
プロレスの世界では「相手の力を最大限に引き出して、それ以上の力でそれを倒す」ことが美徳とされています。かの有名なアントニオ猪木の「風車の理論」と呼ばれる言説です。
今回の『わたしの宝物』では、それと同じことが行われているわけです。ヒロキとミワという夫婦の「幸せ家族生活」の「幸せ」を最大限に引き出している。たとえ“托卵”が行われていたとしても、もういいじゃないか、ヒロキならきっとミワさんと栞を幸せにしてくれるよ、そういう方向に振り切っている。
それ以上の力で、この「幸せ」を壊すためです。文字通り、一度は「死に体」となった冬月が初恋ピュアピュアパワーでもって、この家族に割り込んでくるわけです。
ヒロキはもちろん、栞の父親が冬月であることを知りません。冬月は、栞の存在すら知りません。すべてを知っているのはミワさんだけです。
このドラマは巧みな時制のコントロールによってミワさんの“托卵”が不可避であったことを説得力を持って語ったうえで、それぞれの「知ってる」「知らない」という情報量を操り、見る側に甚大なダメージを与えてやろうと手ぐすねを引いています。
いやぁ、悪趣味な作劇をするもんです。超楽しいね。
(文=どらまっ子AKIちゃん)
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