「候補支持」止める新聞社の相次ぐ 民主主義を問う大統領選の最中に米新聞界大揺れ
#選挙 #アメリカ大統領選
民主主義そのものが問われているとされる今回の米大統領選が最終盤を迎える中、米国の新聞に異変が起きている。米国では新聞社が、どの候補がその役職に適任であるかを名指しで報道することが当たり前となっているが、この「支持表明」を見送る新聞社が続出しているのだ。直接的な判断の理由は社によって違うが、広告収入が減り続ける中で、特定の候補を支持することによる経営面へのダメージを回避することが最大の狙いだ。「カネのために筆を曲げる」という側面が大きく、ジャーナリズムの根本を揺るがす事態となっている。
有力紙ロサンゼルス・タイムズは10月23日、今回の大統領選では特定の候補の支持を明らかにしないことを決めた。社説などを書く論説委員会は民主党候補であるハリス副大統領の支持を決め、発表する予定だったが、オーナーが論説委員会の決定を覆し、社としての方針を決めた。
続く25日、ワシントン・ポストも特定候補の支持表明を見送ることを明らかにした。論説委員会はハリス氏支持の原稿を準備していたが、こちらもオーナーが待ったをかけ、論説委員会の判断を抑え込んだ。
ロサンゼルス・タイムズの現在のオーナーは中国系の資産家で医師のパトリック・スーン・シャン氏。ソーシャルメディアのXで「各候補の長所と短所について事実に基づいて分析する機会を論説委員会に提案した。党派に偏らない情報を並べれば、読者は投票先を選べる。しかし論説委員会はそれをせず沈黙した」などとコメントし、決定について説明した。
ワシントン・ポストの現在のオーナーはアマゾン・ドット・コムの創業者であるジェフ・ベゾス氏。ワシントン・ポストのオピニオン記事の中で「どちらの候補とも、相談をしたり、情報を交換したりはしない」と記し、中立性を重視したと説明した。
日本人からすると2人のオーナーの説明は、メディアとしてけだし当然のことのように聞こえるが、米国ではそうではない。
米国では市民が政治的スタンスをはっきりさせることが一般的だ。民主党支持なのか、共和党支持なのか、人前ではっきりと話す。考えを持っていない方が奇異に見られることもある。映画俳優や歌手といった人気商売のタレントであっても、政治的な考えを口にし、選挙で誰を支持するのかを公にする。
こうした社会の中で、言論界をリードする新聞社が「中立」を表明するのは「弱腰」「ジャーナリズムの衰退」という意味で解釈される。
両オーナーの判断を受けてロサンゼルス・タイムズ、ワシントン・ポストでは、ともに論説、編集の幹部の辞任が相次いでいる。また、読者も反発し、解約が殺到した。ワシントン・ポストは少なくとも25万人が電子版の購読をキャンセルしたという。
ジャーナリズムの経験のないビジネスマンがオーナーに座れば、こうした判断に傾くのも当然なのかもしれないが、ジャーナリズムの観点からすれば、そういうオーナーの存在は業界の危機そのものである。
文化、グルメから政治経済まで気軽に読める雑誌としてニューヨーカーに人気の週刊誌「ニューヨーク・マガジン」は10月31日号で、メディアの現状について特集した。新聞、雑誌、テレビの第一線で活躍する57人にインタビューし、「極限状態」にあるニュースメディアの現状について伝えたが、現在の状況を作った要因の1つに「無責任、無能な経営者たち」があると指摘し、パトリック・スーン・シャン氏らを批判した。
米国では1800年代の新聞草創期のころには、ニュースを扱う紙面と社説など意見を載せる紙面の両方で「党派色」が強かった。
20世紀以降、ニュースの紙面では中立性の高い記事が中心となってきたが、オピニオンの紙面では政治的スタンスをはっきりと示す社が依然として多く、同じ新聞でも機能が二分されている、といってもおかしくない。
そんな米国の新聞業界でも、インターネットが発展し広告収入がネットメディアに奪われる状況が進む中で、選挙報道が変化してきた。
AP通信によると、オバマ大統領が初当選した2008年の大統領選では、全米の主要新聞100社のうち92社が「候補支持」を明らかにしたが、2020年の前回の大統領選では、バイデン氏、トランプ氏のどちらかを支持することを表明した新聞社は54社にとどまった。
1人の候補を支持することで、反対の意見を持つ企業などが反発し、広告収入に影響が出るとの懸念が、新聞社の「候補支持」を止めさせている。
世論の分断が深刻化した現状では、こうした傾向は強まる一方だ。米国の新聞界をリードするニューヨーク・タイムズは、今回の大統領選ではハリス氏を支持することを表明しているが、今後は大統領選以外の選挙では「支持候補」を表明しないことを発表している。
ただ、地方の選挙などでは、どんな候補者が何を訴え、何が正確な事実なのかわからないのが実態だ。米国の選挙戦ではライバル候補を徹底的にけなすテレビコマーシャルが、耳にタコができるほど流れる。さらにソーシャルメディアの発達で、本当かうそか判別しにくい情報があふれている。候補者をきちんと理解することは市民にとって至難の業といってもいい。
こうした社会の流れの中で、カネの事情でメディアの姿勢を変えるとしたら、読者への最大の裏切りである。米国のジャーナリズムは重大な岐路に立たされている。
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