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『極悪女王』伝説の時代を目撃した「3人目のクラッシュ」インタビュー前編

Netflixオリジナル『極悪女王』

 鈴木おさむが企画・脚本・プロデュースを務めたNetflixオリジナル『極悪女王』が、9月19日の配信開始から「Netflix週間TOP10(シリーズ)」で3週連続1位を獲得するなど、大ヒットを記録している。1980年代の女子プロレスを題材として、悪役レスラーのダンプ松本を主人公にするというエッジの効いたドラマだが、想像以上に幅広い視聴者層に刺さったようだ。

 その人気の最大の要因といわれているのが、当時のダンプ松本、ライバルのクラッシュ・ギャルズ、そして彼女たちが所属する全日本女子プロレス興業を取り巻く「熱狂」の再現度だ。当時を知る人たちは細部に至るまでの驚異的な再現度に感動し、当時を知らない若い視聴者はリアルに再現された女子プロレスブームの表と裏を目の当たりにして「こんな時代が本当にあったのか」と度肝を抜かれる。ダンプ役のゆりやんレトリィバァ、長与千種役の唐田えりか、ライオネス飛鳥役の剛力彩芽らキャストの熱量もすさまじい。

 実際、このドラマは当時の「伝説」を目にしたファンにとってどう映ったのか。クラッシュブームが起きた中学生時代から女子プロレスの虜になり、高校生から大学生にかけてクラッシュ・ギャルズ公認親衛隊員、ライオネス飛鳥公認親衛隊長および公認ファンクラブ会長を務め、名著『1985年のクラッシュ・ギャルズ』(柳澤健・著)に”3人目のクラッシュ”として登場するライターの伊藤雅奈子さんへのインタビュー前編をお送りする。

 『極悪女王』で最も特筆すべきは「再現度」の異常さだ。クラッシュ・ギャルズやダンプ松本の”伝説”の目撃者である伊藤から見て、再現度はどのように映ったのか。

伊藤「再現度すごいです。Netflixがこのドラマをやりましょうとなった段階で、鈴木おさむさんのスタッフがリサーチをかけたんですよね。私の知人でもある『週刊プロレス』や『DELUXEプロレス』の元編集長の濱部良典さんら、複数名の当時の関係者がいろいろ証言して、同時に当時のグッズや資料などを大量に提供したんです。そうやって、本当に当時を知っている人たちへの入念なリサーチがあったから、あの再現性の高さを出せたんだと思います。私が80年代にプロレス会場で買ったいろんなグッズがあるんですけど、ドラマ内でものの見事に再現されていたから『どうしてここまでできたんだろう?』と最初は不思議でしたけど、当時の関係者にしっかりリサーチしたのだと知って納得しました。ゆりやんさんはオーディションから3年かけて、他の方は2年ぐらいかけて身体づくりなどを進めて、ネットだと『そんな前からやっていたのか』と驚きの声がありますけど、リサーチはもっと前から始まっていたんです」

 『地面師たち』や『全裸監督』などでも評判になったNetflix作品のリサーチ力。今作でも遺憾なく発揮され、作中では当時の全女の事務所や新人寮なども完全再現されていたことが話題になった。その背景には、当事者の一人であるジャンボ堀の尽力があった。

伊藤「もともとは、おさむさんが経営していたちゃんこ屋さん(※ちゃんこ屋鈴木ちゃん、現在はメシ酒場鈴木ちゃんに移行)で、おさむさんとジャンボ堀さん、白石和彌監督たちが飲んでいて、そこでプロレス界を盛り上げてほしいというお話があったことがドラマ誕生の発端です。この時からジャンボ堀さんがとても尽力されていて、白石監督や関係者を連れて全女の事務所があった跡地に行ったり、選手たちのランニングコースになっていた目黒の権之助や行人坂、有名だった喫茶店などを案内したりしています。その他のリサーチなども含め、ジャンボ堀さんはこのドラマの『縁の下の力持ち』の第一人者だと思いますね」

 80年代の女子プロレスを題材にしたことで、マニアックな作品で終わってしまう恐れもあった『極悪女王』。そんな心配を吹き飛ばし、女子プロレスブームや80年代をまったく知らない若者たちも含めて幅広い層にウケている。

伊藤「この作品が刺さる人って、大きく2つに分かれるんですよ。実際の80年代当時を知っていて『本当に懐かしい!』って感動しながら観る人と、まったく当時を知らずに『異空間すぎて脳がバグりそう』という人と。当時を知らない人たちは『あんなに客席が埋まるわけがない』『プロレス会場でハッピを着た女の子たちがキャーキャー叫びながらポンポン持って応援してるわけがない』というんですけど、私としては『いや、本当にあんなんだったんですよ、もっとリアルはすごかったですよー』って言いたいですね」

 「日本で一番殺したい人間」と呼ばれるほど日本国中から憎まれたダンプ松本。当時を知らない人から見れば、ドラマを盛り上げるための大げさなフィクションに思えるだろうが、これも純度100%の紛れもないリアルだ。

伊藤「私は14歳の時に女子プロレスを見始めました。もともとはプロレスが大嫌いだったんですけど、いきなりクラッシュに心を奪われて大好きになって。当時は子どもじゃないですか。それが全部心を持っていかれたわけですから、その時の私にとって『全日本女子プロレス興業とクラッシュ・ギャルズがやること』が人生の正解なんですよ。それに反するものはすべて邪悪なものなんです。その中で最大最凶の『邪悪』がダンプ松本選手だったわけです。だから、当時14歳だった私は『この人が死んだらどんなに私は幸せか』と本気で思っていました。だからといって刺そうなんて思わないですけど、例えば包丁があったら『これでアイツ死ぬんちゃうん?』と頭によぎったことくらいは何度もあります」

伊藤雅奈子さん/写真=石川真魚

 そんな伊藤が初めて女子プロレスを生で観たのは、ドラマ内でクライマックスとして描かれた伝説の試合だった。14歳の少女の「初めての女子プロレス」としては、あまりにも運命的でショッキングだ。

伊藤「女子プロレスを最初に生で見たのが、1985年8月28日に大阪城ホールであった千種さんとダンプ選手の敗者髪切りデスマッチ(1度目)でした。その時の千種さんって、プロレスラーなんですけどアイドルでもあるんですよね。そのアイドルの中でも、たくさんテレビや雑誌に出ているトップ級だったわけです。初めて生でクラッシュ・ギャルズの歌を聞いたときに『あー、やっと会えた』『テレビの人だ、本当にいるんだ』って感動しました。たぶん、今の若い女の子たちがSnow Manのライブに初めて行った時の感動と同じようなものだと思います。すごく幸せだったんですけど、セミファイナルの試合が終わって、敗者髪切りデスマッチのルール説明があった時くらいから会場の雰囲気が一変したんですよ。『いよいよ決戦だ』『何か事件が起こるぞ』『私たちはすごいものを見ることになる』というような、異様な空気になったんです」

 それでもクラッシュに恋焦がれる14歳の少女は「あこがれの人が丸坊主になる」などとは夢にも思わなかった。

伊藤「私は千種さんが髪を切られるとは微塵も思っていませんでした。だって、当時のトップアイドルですから。普通に考えて丸坊主になるわけがないんです。プロレスだけじゃなく、テレビや歌の仕事もあるし、いきなりアイドルの女の子が丸坊主にされるわけがないと。試合は千種さんがKO負けしたんですけど、それでもまだ丸坊主になるとは思っていませんでした。試合結果がなんだかんだで覆って再試合になるんじゃないかなと。『最後に千種が勝つ』ということをまったく疑っていなかったので。おそらく、周りの同年代の女の子たちも同じ気持ちだったんじゃないかと思います」

 しかし、そんな願いも空しく目の前で無残な光景が繰り広げられ、会場には少女たちの悲鳴と嗚咽が響いた。

伊藤「結局はリングの中央に椅子が置かれて、ダンプ選手とモンスター・リッパーが千種さんの上半身を引っ張って、飛鳥さんたちが下半身を引っ張って、椅子に上げようとするヒールと上げまいとするベビーフェイスで争っていたんですけど、最後にヒール側が勝って千種さんが椅子に乗せられました。この時、私は『人生終わった』と思いました。そこから千種さんが髪を刈られ、ドラマでは会場のファンの女の子たちが泣き叫んだり、号泣したりしていますが、あれは当時の会場をそのまま再現していますね。実際は『キャー!』という悲鳴と、大阪なので関西弁の『やめてー!』という絶叫が飛び交っていました」

 当時のクラッシュ・ギャルズは単なるプロレスラーやアイドルではなかった。少女たちにとって彼女たちは「それ以上」の存在だったのだ。だからこそ、敗者髪切りデスマッチは良くも悪くもプロレスの枠を超えた反響を巻き起こした。

伊藤「当時のファンの女の子たちは、私と同じくらいの女子中高生が中心で、これは私基準の考えですけど、ほとんどちゃんとした恋愛の経験がなく、初めて本気で好きになった人が長与千種やライオネス飛鳥だったという子が多いと思います。その年代の子にとって、クラッシュ・ギャルズは単にプロレスラーとかアイドルというだけでなく『人生の一部』なんです。すべてを注ぎ込みたいと思える相手なんです。ですから、ファンの女の子たちにとってみたら、初恋相手に近いような人が目の前で血まみれにされ、丸坊主にされたわけです。ファンの女の子たちは、最初にアイドルとしての彼女たちを好きになっている人が多いから、プロレスへの免疫もあまり高くないのでパニックですよ。だから感情の持って行き場がなく、目の前で起きている悲劇に対して泣き叫ぶしかなかったんです」

 その後、伊藤はクラッシュ・ギャルズの公認親衛隊員を経て、ライオネス飛鳥の公認親衛隊長や公認ファンクラブ会長を務めている。

伊藤「2回目の敗者髪切りデスマッチ(1986年11月7日、長与の勝利)があった後、高校1年生の16歳から19歳まで親衛隊やファンクラブをやっていました。クラッシュの親衛隊は全女の方針で潰されてしまったので、最後は飛鳥さんの親衛隊長やファンクラブの会長をしていました。クラッシュの親衛隊がなくなった理由は、端的に言うとクラッシュ人気は85年にパッと盛り上がるんですけど、忙しくなりすぎて飛鳥さんがメンタルを壊し、芸能活動なども続けられないので休みたいという状態になってしまったんです。でも、会社にとってクラッシュは金のなる木ですから、千種さんがソロで歌手活動をすることになった。その時に全女の方針でクラッシュの公認親衛隊をいったんすべて潰し、千種さんだけの親衛隊に統一してくださいと言われてしまったんです。私は大阪なので、東京じゃないのをいいことにしれっと、同じハッピを着たまま飛鳥さんだけの親衛隊として続けていたんですけど、それもバレて潰されてしまい、そこから飛鳥さんの公認ファンクラブに切り替えて彼女の引退まで続けました」

 飛鳥は誰もが認める運動神経抜群の逸材だが、クラッシュではどうしても華やかな長与にスポットが当たりがちだった。伊藤が飛鳥に惹かれた理由はどこにあったのだろうか。

伊藤「飛鳥さんを選んだ理由は簡単。強かったからです。私はプロレスって強くて大きい人がやるべきだと思っていて、飛鳥さんのお尻から脚部にかけての肉づきは完全にトップアスリートなんです。私としては、それが強い人間の証だと思ってるんですね。あの強さだけで、私にとって彼女が『正解』だったんですよ」

 伊藤が惚れ込んだライオネス飛鳥は、劇中では剛力彩芽が演じた。筋金入りのファンの目に剛力のライオネス飛鳥はどう映ったのか。

伊藤「正直、飛鳥さんと比べたら剛力さんは細すぎると思っていました。1話を観た時も印象はあまり変わらず、最初は『これじゃ力不足だぞ!』って思っていましたね。でも、その認識は間違いだったと思い知りました。今回のドラマは、ほぼ順撮りだったみたいなのですが、話数が進むごとにどんどん筋肉が盛り上がって体つきがレスラーになっていったんです。筋トレや練習の成果がそのまま画面に表れているのでしょう。飛鳥さんほどじゃないにしても、剛力さんも十分にレスラーの身体になっていました。剛力さんは筋肉のつき方がしっかりしていますし、ダンスをやっていたから運動神経もすごくいい。2話くらいから試合のシーンが増えていくのですが、プロレスの技術もどんどん上手くなって、きれいなフォームで打点の高いドロップキックを決めたり、飛鳥さんの得意技であるジャイアント・スイングで唐田さんをぶん回してしまったり、あれを見せられたらなんの文句も言えないですね。身体の大きさなどを超越して、完全に『女子プロレスラー』になっていました。『剛力、細いぞ!』なんて思っていた自分がバカらしく感じられて、本当にすみません……と思いましたね」

 レスラーを演じた俳優陣の奮闘は今作の熱量をいっそう高めた。だからこそ、少女たちがリングに青春を捧げ、同じく青春真っただ中だった少女たちが熱狂した「あの時代」を完全再現することができた。

伊藤「剛力さんに限らず、レスラーを演じた12人の俳優さんたち全員が素晴らしい完成度で『女子プロレスラー』になっていました。受け身すら怖いという人もいたでしょうし、ロープワークだけでも最初は痛いはずで、それがコーナーポストから飛んだり、投げて投げられてというシーンまで、プロ同然のクオリティでやってしまうのですから、その陰には血のにじむような努力があったと思います。それを踏まえて作品を見ていたら、『私の青春をこんなに完璧に演じてくださってありがとうございました』と感謝の気持ちしかありませんでしたね」

長与千種にすら謎だった「クラッシュ親衛隊の謎」に迫る後編へ続く。

SNSや動画サイト、芸能、時事問題、事件など幅広いジャンルを手がけるフリーライター。雑誌へのレギュラー執筆から始まり、活動歴は15年以上にわたる。

さとうゆうま

最終更新:2024/11/02 18:00
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