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袴田巖さんの完全無罪が確定!

袴田さんはなぜ「死刑囚」にされてしまったのか――映画『拳と祈り』に見る司法システムの闇

袴田さんはなぜ「死刑囚」にされてしまったのか――映画『拳と祈り』に見る司法システムの闇の画像1
映画『拳と祈り』より。2014年に釈放された袴田巖さんと喜ぶ姉の袴田秀子さん

 58年間にも及んだ長い長い闘いに、ようやく試合終了を告げるゴングが打ち鳴らされた。2024年9月26日、死刑確定囚だった袴田巖さん(88歳)は、再審の結果ようやく無罪が言い渡された。検察側がこの再審結果を不服とし、控訴期限である10月10日(水)までに控訴するかどうかが注目されていたが、検察が控訴を断念したため、袴田さんの完全無罪が確定した。

 死刑が確定しながらも、再審で無罪を勝ち取ったのは、戦後の司法事件では5件目となった。そんな袴田さんの波乱に満ちた軌跡を描いたドキュメンタリー映画『拳と祈り ー袴田巖の生涯ー』が、10月19日(土)より劇場公開される。静岡放送の元報道記者、笠井千晶監督が22年間にわたって「袴田事件」の真相を追った集大成的作品となっている。

 1966年6月に静岡県清水市(現・静岡市清水区)で起きた、味噌製造会社専務一家4人の強盗殺人および放火という凶悪事件の犯人として袴田さんは逮捕され、2014年3月に釈放されるまで48年間もの収容生活を余儀なくされた。『拳と祈り』は袴田さんの生い立ちから始まり、プロボクサーとして活躍し、年間最多記録となる19試合に出場するタフぶりを見せた袴田さんの青春時代を知ることができる。

 袴田さんは警察側の「元ボクサーならやりかねない」という偏見から殺人犯に疑われたわけだが、『拳と祈り』を観ると、獄中で無罪を訴え続けて闘うことができたのは、姉の袴田秀子さんの献身的な支えとボクサーとして鍛え上げた不屈の闘志があったからだと分かる。

 奇しくも袴田事件と同じ1966年に冤罪事件に巻き込まれた米国ボクシング界のルービン・カーターへのインタビューも盛り込まれている。ボブ・ディランが「ハリケーン」として歌ったルービン・カーターが、獄中にいた袴田さんに取材カメラを通して励ましのメッセージを送る様子は胸を打つものがある。ボクシング好きな人なら、見逃せない内容となっている。

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若き日の袴田さん。プロボクサーとしての年間19試合出場は今も最多記録だ

捜査官に強要された自白と捏造された証拠

 そして何よりも注目したいのは、冤罪が起きてしまう司法システムの闇について、『拳と祈り』は迫っている点だ。事件発生時のアリバイがなかったことから取り調べを受ける袴田さんに対し、捜査官が「お前やっただな。袴田、お前は殺人犯だ」と厳しい言葉を浴びせる音声が、予告編でも流れている。袴田さんが釈放された2014年に静岡県警の倉庫から見つかった録音テープの一部を再生したものだ。

 当時、袴田さんへの取り調べは、1日平均12時間、長いときは16時間以上に及び、それが19日間続いた。「お前やっただな」「被害者に謝れ」と連日にわたって繰り返し責め続けられれば、耐えられる者はいないだろう。明確な証拠がないにもかかわらず、袴田さんは自白を強要され、法廷で無罪を主張するも有罪判決を下されることになった。

 自白の強要と共に大きな問題となったのは、裁判が始まってから捜査済みの味噌樽の中から血染めの衣類が忽然と現れたことだ。袴田さんが着用するには小さすぎる衣類だったが、検察は「味噌樽に浸かっている間に縮んだ」と主張し、証拠として採用されている。明らかな捏造証拠だ。袴田さんを絶対に犯人にしようとする、警察と検察の間違った正義感が恐ろしい。

 今回の再審判決で静岡地裁は、証拠は捜査機関によって捏造されたものであると認め、袴田さんは無罪判決を勝ち取った。検察が控訴しなかったことで、袴田さんは再び収監される恐怖に怯えることなく、姉・秀子さんがコツコツと働いて用意したマンションでの平穏な生活を続けることができる。

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多くの支援者らが、袴田さんを支えた。他にも冤罪事件は少なくない。

「和歌山毒カレー事件」「飯塚事件」も冤罪の可能性が高い

 それにしても、袴田さんから半世紀以上もの歳月を奪った警察・検察と、再審を先送りにし続けた裁判所の罪は重い。真犯人は野放しのままであり、袴田さんは長い収容生活のために今も拘禁反応が続いている。凶悪殺人犯という冤罪を掛けられ、袴田さんはひとり息子とも生き別れになったままだ。

 2022年に放映された長澤まさみ主演ドラマ『エルピス 希望、あるいは災い』(フジテレビ系)は、冤罪事件をモチーフにした社会派ドラマとして大きな注目を集めた。また、今年に入ってから、福岡県で2人の女児が殺害された「飯塚事件」を扱った『正義の行方』、「和歌山毒カレー事件」を扱った『マミー』というドキュメンタリー映画も次々と劇場公開されており、それぞれ話題を呼んでいる。「飯塚事件」「和歌山毒カレー事件」も、はっきりした証拠がないまま死刑判決が下されており、冤罪の可能性が高いことが指摘されている。

 冤罪が疑われている事件では、それぞれ独立した組織であるはずの警察、検察、裁判所のチェック機能がいずれもまっとうに働いていない。上司には逆らえないという頑迷な上下関係によって「この事件は冤罪なのでは?」という疑問を、警察も検察も判事も口にすることができずにいる。

 この国の司法システムの闇が明かされたときこそが、本当の闘いの終わりなのかもしれない。

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袴田さんには「WBC名誉チャンピオンベルト」が贈られた

ドキュメンタリー映画『拳と祈り ー袴田巖の生涯ー』
監督・撮影・編集/笠井千晶 
音楽/スティーブン・ポッティンジャー
ナレーター/中本修、棚橋真典
配給/太秦 10月19日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
(c)Rain field Production
https://hakamada-film.com/

最終更新:2024/10/10 14:00
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